藤沢周平の「橋物語」をNHKの松平定知さんが朗読する。練達のストーリーテーラーの小説を伝説となるであろう「語りの名人」が読む。立教セカンドステージ大学の多数の生徒の要望に応えて実現した講義である。朗読が終わる。一瞬の空白、そして拍手がなりやまない。完璧ともいえる藤沢ワールドの再現。「人間ていいなあ」とみんなが思ったにちがいない。名人と同時代に生きる。ライブで語りを聴くことでその喜びを実感する。
聴きながら思いだしたことがある。会社づとめのころ初対面の人に「あなたはテレビを電気を消して見たことがありますか?」という質問をした。テレビが家庭に入り始めたころ部屋を暗くして見た家が多かった。テレビを映画に見立てて劇場で観るように電気を消したのだ。しばらくして部屋を明るくしてテレビを見るのが当たり前になった。テレビを電気を消してみた人、見なかった人それを聞くだけでその人の年代がわかったからだ。
「小説を読む」 まず文字を読むことから始まった。次にラジオで聞いた。そして映画。次がテレビ。そのすべての進化のプロセスを体験したのが我々の世代だ。文字を読むことで情景を想い浮かべる。ラジオで流れる主人公の声からその容姿を想像する。白黒のテレビに映る景色を観てその青空の色、山々の緑の色合いの深さを考える楽しさ。すべてが「想像する力」の訓練だった。
朝から部下を叱りまくる上司をみてこの人は家でどんなつらい目にあったのかを想像することがあった。アナログ世代 9時45分を10時15分前とも表現する。物事を表と裏から瞬時に判断できた。デジタルの時代9時45分としか時計は表示しない。相手が怒れば怒った表情しか見えない。その裏側の悲しみを想像することはない。インターネットの出現、世の中はますますデジタル化していく。ものごとの表面だけしか見ないイマジネーション不在の時代をやや不安に思う。
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