友人はフードファイター
友人の小説家と久し振りに飯田橋で会った。食事をしようということで軽子坂付近のかくれんぼ横丁にある中華料理の店「芝蘭」にいく。本店が銀座にある四川料理の店だ。神楽坂らしく落ち着いた雰囲気の店だ。料理は四川ダックがお薦め。友人は「こういう店で食べると大作家になった気分だ」とはしゃいでいる。普段の食生活の貧しさがしのばれる発言だ。
味に無頓着な私が何故こんな店を知っているのかと聞かれた。立教セカンドステージ大学のクラスメイトの女性の娘さんから教えてもらった店で私も今日初めて来たと話した。友人は「こういう店をいつも使っていることから判断するとその母娘は相当のグルメに違いない,『つぼ八』と『庄屋』しか知らないおまえさんにとって今後大切にすべき知り合いだ」と言う。そういう自分も『和民』と『白木屋』しか知らないくせに。
そういうことではない。そのクラスメイトの女性は「痩せの大食い」なだけなのだ。この前も池袋の中華料理屋で食べすぎて胃がおかしくなって五日間ぐらい調子が悪かった。中華料理を食べるのが怖くなったというので、娘さんが胃にやさしい中華料理を出す店としてこの店をその女性に教えてくれたのだと話してやった。最近は大食いの人をフードファイターと呼ぶことも教えて、その女性の食べっぷりを細かく説明してやった。なにかに憑かれたように食べまくる女性なのだ。
友人は自分も大食漢なのでそれを聞いて感動した様子で「大食いする人は食物を残してはもったいないという精神からスタートしている。食のエコロジストと呼ばれるべきなのだ、それに単なる大食いは多いが、大食いでグルメというのはきわめて珍しい。その人はきっと美人に違いない」と会ったこともないのにクラスメイトを褒めちぎっている。小説家というのは誇大妄想の癖があるらしい。我が友に奇人、変人が多いのはもしかしたら、私が変人であるせいかも知れないと反省した一日だった。
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