« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »

2009年4月

友人はフードファイター

 友人の小説家と久し振りに飯田橋で会った。食事をしようということで軽子坂付近のかくれんぼ横丁にある中華料理の店「芝蘭」にいく。本店が銀座にある四川料理の店だ。神楽坂らしく落ち着いた雰囲気の店だ。料理は四川ダックがお薦め。友人は「こういう店で食べると大作家になった気分だ」とはしゃいでいる。普段の食生活の貧しさがしのばれる発言だ。

 味に無頓着な私が何故こんな店を知っているのかと聞かれた。立教セカンドステージ大学のクラスメイトの女性の娘さんから教えてもらった店で私も今日初めて来たと話した。友人は「こういう店をいつも使っていることから判断するとその母娘は相当のグルメに違いない,『つぼ八』と『庄屋』しか知らないおまえさんにとって今後大切にすべき知り合いだ」と言う。そういう自分も『和民と『白木屋』しか知らないくせに。

 そういうことではない。そのクラスメイトの女性は「痩せの大食い」なだけなのだ。この前も池袋の中華料理屋で食べすぎて胃がおかしくなって五日間ぐらい調子が悪かった。中華料理を食べるのが怖くなったというので、娘さんが胃にやさしい中華料理を出す店としてこの店をその女性に教えてくれたのだと話してやった。最近は大食いの人をフードファイターと呼ぶことも教えて、その女性の食べっぷりを細かく説明してやった。なにかに憑かれたように食べまくる女性なのだ。

 友人は自分も大食漢なのでそれを聞いて感動した様子で「大食いする人は食物を残してはもったいないという精神からスタートしている。食のエコロジストと呼ばれるべきなのだ、それに単なる大食いは多いが、大食いでグルメというのはきわめて珍しい。その人はきっと美人に違いない」と会ったこともないのにクラスメイトを褒めちぎっている。小説家というのは誇大妄想の癖があるらしい。我が友に奇人、変人が多いのはもしかしたら、私が変人であるせいかも知れないと反省した一日だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

下取りに出されるお父さん

 秋葉原駅につくとついつい電気街に向かう。何十年とこの地をマーケティング場所として定点観測してきたことが習慣になっている。下取りの販促看板が目に入る。

0071

 スーパー、デパート、どこでも「下取り」をしている。家に帰ってこの話題になる。すると奥さんが「ああーどこかでお父さんの下取りをやってくれないかなー」と危険な発言をする。念のため尋ねてみた。「仮にお父さんを下取りに出すとしたらどれぐらいの家が下取りに出すだろうか?」「うちぐらいの年齢のおくさんはほとんど出すんじゃないの」と更に危険な発言が続いている。

 「だけどみんなのうちがお父さんを下取りにだすと店であふれて収容センターのような施設が必要になるんじゃないか」と私。「平気よ、あたたかくなってきたからお店の駐車上に囲っておけば」と他人ごとなので乱暴だ。危険は拡大している感じ。

 「例えばブックオフでは持ち込んだ本があまり汚いと引き取りを拒否されるケースもあるそうだ。隣のお父さんは引き取ってもらえて、うちが引き取り拒否されると恥ずかしくて近所を歩けなくなるかもしれない」と私が言う。

「うーん」とわたしの場合は引き取り拒否の可能性が高いと思ったのか奥さんが考えこんでいる。ひとまず危険は回避されたようだ。しかしこの状態はいつまで続くかわからない。その時に備えて対策を検討しておこうと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

富士見坂文庫第一回作品集

 一カ月半ぶりに飯田橋に行く、前回は外堀公園の花見で立ち寄ったのだが同じ道が新緑でいっぱいだった。

010

0092

本日の会合は法政大学文芸クラブ「ライターズ」の新入生歓迎会である。同時にこの文藝クラブ初の作品集が出来上がった日でもある。一年間の活動の成果をまとめた。

Image

各作品内容は

Image_2

 「ソウル 日韓価格合戦」が私の作品、ペンネームは立教セカンドステージ大学の仲間二人の苗字と名前を借用した。理由はペンネームを考えるのが面倒だったから。内容の出来についてはペンネームを考えるよりは少し時間をかけた程度と言っておこう。もちろん富士見坂文庫に載せた他のメンバーの作品は私の作品の数段上の出来であることは責任を持って保証する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

修了レポート審査委員会

  本科の期末に修了レポートを提出した。ゼミの教授にアドバイスしてもらいながら青息吐息で15000字のレポートを書きあげた。飲み会の仲間からみんなの修了レポートを読んでみたいとの意見が出た。このチームは4つのゼミから構成されているので各人がどんなレポートを書いたのかがわからないのだ。昨日第一回目のレポートがメンバーに配布された。読み手に課せられたルールは二つある。一つ目はレポートに対する意見は必ず書面で提出すること。レポート作成者の苦労を考えれば、さっと読んで口頭でコメントするのは失礼である。じっくりと読み、リアクションペーパーを提出することが読み手に義務づけられている。

 二つ目はリアクションペーパーに最低限書くべき項目である。①はその論文の優れている点.②はこの論文に不足する点 言い換えれば「こうすればもっと良くなる」この2点を書くこと。単なる褒めあい大会にしないことである。この審査委員会のメンバーは常々相手の容姿、性格、カラオケのうまさなどに関する遠慮会釈のないコメントを展開する。論文に対してどんな辛口批評が飛びだすか、次回の審査委員会(飲み会?)が愉しみになってきた。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

立教セカンドステージ大学の学び方 2

 同じゼミの受講生がこう言った「みんなの修了レポートと比べて私のレポートはまるでだめな内容で論文になってもいない。調べた内容も浅くて今すごーく落ち込んでるの」私応えて曰く「セカンドは他人と比べるために学ぶ大学ではないと思う。レポートも教授の評価もあるけれどまずは自分自身で評価することが一番ではないか?

 「以前勤めていた会社のスローガンに『豊かさを求めて』というのがあった。10数年して『豊かさを深めて』に変わったことがある。『求めて』と『深めて』はどこがどう違うのかが議論になった。『求めて』の言葉には量や額を追求するニュアンスがあり、他と競争するイメージがある、『深めて』は品質を追及するニュアンスで他人と競争することではなく自分の会社をどう深めるかというイメージではないかというのが結論だった。

 『求めて』と『深めて』を大学の学びに当てはめると、若い学部生たちの学びかたは『求めて』で 立教セカンド大学の受講生学びかたは『深めて』ではないか? 若い学部生は就職のことを考えれば成績優秀の方が有利になるのは当然である。「優」の数の多さはそのまま就職活動に影響する。他の学生との競争も自然に生まれてくる。セカンドステージの受講生にとっては 成績が優秀かどうかが唯一の価値観になることはない。自分の受けている授業を受講するなかで自分自身が前に進んだのか?他人と競い合うことではなく自分を深めることが出来たのか?が価値の物差しとなるのではないか?

 自分のことで言えば若い時に大学で学んだのは『経営学』、会社も販売業だったので経済関連の知識が勉強の対象だった。セカンド大学では 文藝を中心に受講している。ゼミも文藝である。従って若い時から文芸を勉強した受講生にはその知識や表現では遠く及ばない。修了レポートもそういう人たちと比較すれば大きく開きがある。

 それでも授業の中で現代アートをどう解釈すべか?モダン派の作家たちの作品はなぜ難解なのか? 絵画を読み解く切り口はどんなものがあるのかを学ぶことができた。わずか一年間の授業であったが 「文藝を愉しむ」「読み解く」ということの入口付近に立てたような気がしている。そしてこの入口付近に立てたこととが自分を深めたということだと考えている。我が仲間たちはどう考えるのか一度聞いてみたいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

斉藤義重・09 複合体講義

 斉藤義重の展示会。4/8~5/16東急大井町線 中延駅の朋優学院高等学校で開催されている。日祝は休館である。斉藤義重(1904-2001)造形作家、日本の現代美術のパイオニア、8090年代を通して死の直前まで取り組んだ「複合体シリーズ」で知られる。昨年立教セカンドステージ大学の「生涯現役という生き方」千石英世教授の講義で始めてこの作家を知った。千石教授はこの展示会の実行委員として参画されている。

Image

現代アートはどうも苦手でという人たち(実は私もその一人なのだが)にこの展示会のもうひとつの楽しみ方を教えたい。それはこの展示会にでかけてらリーフレットを手に入れることである。リーフレットの表面に千石英世教授の複合体講義なる一文が掲載されている。この文章を読むと現代アート、斉藤義重に少し近づける気分になる。この展示会をおすめするもう一つの理由である。

下の写真は展示会リーフレット裏面より掲載

Image_2

Image_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

創業支援の現場から

 公的機関の創業支援アドバイザーを引き受けて一年間が経過した。対象は経験のある商業部門。商品開発、店舗づくり、販売促進指導が主な業務になる。本業は学生なのでアドバイザーの仕事は週一日程度におさえている。起業を計画する人は多様な人たちだ。定年退職した人。子育てを終えた主婦、会社に見切りをつけたビジネスマンやOL、なかには現役の大学生もいる。

 一番多い質問はこれだ。「創業塾などの研修に出ると講師の先生が大手と同じことをやってはいけない、オンリーワンを目指せといいます。言ってる意味はわかるんですが、具体的にはどうすればいいのでしょうか?」

 自分のお母さんが足が弱ってきてステッキが必要な年齢になり、ステッキを選びにいったら黒と茶の味気ないデザインのものばかり。おしゃれ好きのお母さんの為に海外に出かけたときかわいいデザインのステッキを買ったことがきっかけで「素敵屋さん」というステッキ専門店を開業した女性がいる。

 花の好きな友人が病気で入院したので花を持って見舞いにいったら生の花は持ち込み禁止といわれた経験からアレンジフラワーを探したひとがいる。それを探す過程で花好きなのに過敏症で生花を自分の部屋に飾れないひとがいることもわかった。そのためそういう人たち専用のドライフラワーを集めて花屋さんを始めた女性がいる。

アマチュアのランナーで各地のマラソン大会で走っている人が、ある時スポーツシューズの靴ひもを変えて走ってみたら、時間短縮した。その経験から靴ひもを変えただけでも気分が大きく変わることに気づいて、世界中のスポーツシューズの靴ひもだけを集め起業した人もいる。

 自分の半径5m以内で不満なこと、不便なことを洗い出すことが出発点になる。事業ドメイン、起業コンセプトなどというセリフにごまかされないこと。身近なひとが困っているのにまだ解決されていないものを見つけ出すことがオンリーワンなることにつながっていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

我が家の猫たち 孤独なとら

 昨日 立教セカンドステージ大学のウェルカムパーティ。会場の立ち話でこのブログの猫たちの話が少ないと苦情が出た。二次会が終わり家に帰って寝ようとするととらがベッドの上で寝ている。

002

 人間の年齢でいえば70才を超えたとらは若手のくろとの権力争いにやぶれ、いごこちが悪そうだ。このときも、くろにリビングから追い出され私の部屋に避難してきたようだ。それを考えると同じ老人仲間としてはベッドから追い出すなどという薄情なことは考えられない。そっとベッドに半分ほど入って寝ることにした。夜中にとらが部屋を出たくなった時のことを考えてドアを半開きして眠りにつくことにした。

 朝5時騒がしいので目をさますとくろがベッドの前でウーキャーと朝飯を催促している。くろは我が家で一番のフードファイターなのである。その横でとらがくろと並んで黙って私を見ている。昨夜ドアを半びらきにしておいたのがこの結果につながった。それにしても、昨夜喧嘩したかと思えば今朝はもうに二匹が共闘している。あの節操のない自民党と民主党ですらこんなまねはしないだろう。まことに政治的信念のないネコどもである。

 朝メシが終わるととらが私をみて「ちょっと顔を貸せ」というふうにアゴをしゃくってみせる。外に出たいという合図だ。とらの出し入れに関しては最近の私の勤務内容のひとつである。外にだして写真をとろうとするとそっぽを向いてカメラを見ようとしない。自分勝手なねこである。

008

 70才を超えたら「かわいがられるお年寄り」めざして周囲との協調を図るべきだと思う。セカンド大学で自分勝手な言動を繰り返し仲間外れにされた高齢の受講生がいることを実例つきで説明してやったのだがそれでも態度を改めようとしない。とらはまことにききわけのないネコである。

010

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宇都宮の餃子

 4/20 所要で栃木県宇都宮線の石橋に行った。帰りに石橋から二つ先の宇都宮の餃子を食べに行った。まず宇都宮餃子会のオフィシャルマップを手に入れてみた。

Image_2

 さすが餃子の町である。駅ビルのなかにも複数の餃子の店がある。しかしギョーザは駅ビルのしゃれた造りの店ではなく。路面の店でギョーザが焼けているが見えるようなカウンターで食べるのが基本だと思う。西口のバススロータリーの周りに5軒ほど餃子の専門店がある。

014

017

013

 最初の写真の店に入りメニューを見る。まず焼き餃子、水餃子、揚げ餃子に分かれている。さらに普通の餃子、しそ入り餃子、えび餃子、かんぴょう餃子、中身不明の健康餃子などなど16種類もある。さすが日本一の餃子の町である。しかしB級グルメのプロとして注文したのはごく普通の餃子1人前300円だ。

016

 味はうーんうまいと思えるほどではない。ごく普通の餃子はごく普通の味だった。仲間のためにお土産を買った。駅ビル内で売っているギョーザはすべて冷凍したものである。もって帰ってすぐ食べられる焼いたものを買いたい場合は路面の店で買うのだ。普通の餃子、しそ入り餃子、えび餃子を購入、池袋に向かう。新幹線を利用する。本日も講義には出席できなかったがセカンドの仲間の飲み会に遅刻するわけにはいかないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人事異動

   久し振りに後輩と川崎で飲んだ。「今度の人事異動で飛ばされました」「何かあったのか」「上司があんまり理不尽なので反抗したのが響いたようです、先輩はそういう上司にあったことがありますか?」「数えきれない、だいたい上司は理不尽な奴が多い、うちのカミさんなんて理不尽のかたまりみたいな女だ。いちいち反抗していたらこちらの身がもたない」「でもこの前の人事異動から1年もたっていないんですよ」「新宿店から川崎店に異動させたい人がいる。新宿店が空くから秋葉原店からそこに移動させる。さらに秋葉原店には市川店から人を入れる。本当に異動させたいのは川崎から新宿に行くひとだ。後は玉突きで異動させているだけだ。それに君があたったということだ」「交通事故みたいなものですか」「近いな、ただしこちらはケガをしないだけましと思え」

 「でも今回の人事異動はみんな不満をもってますよ」「人間は皆実際の自分の能力よりちょっと上に自分の本当の実力があるとと思いこんでいる、だからある人の能力にピタリとあった部署にその人を異動するとその人は自分をもっと力があるのにと不満に思う、みんなに適正な能力に見合った人事異動をするとみんなが不満に思う」「だんだん強引な理論展開になってきましたね、そういえば先輩も昔異動して一日で出社拒否して大騒ぎになったことがありましたね。あの時は人事異動に不満があったんじゃないですか?」

 「そうではない、あの時は新規事業の開発セクションに異動になった時だ。初日に上司が「新規事業の開発のなのだから広く世間を勉強しろ、国内外を飛び歩いて新規事業のタネをさがせ、必要なら会社に出勤しないで外をあるけ」といったから「翌日から会社に行かなかっただけだ」「それで何してたんですか」「主に新宿、渋谷、池袋、盛り場を歩いていたな」「どうせ毎日飲んでたんでしょ」「そういうことも勉強だ。10日ぐらい会社にいかなかったら上司から家に電話があって「今回の人事異動に何か不満があるのか」と聞かれたから「別にありません」と答えて翌日から出社したこれがあの時の真相だ。それ以来上司の言葉どおり動かないようにすることにした。

「先輩みたいな部下をもった上司は苦労したでしょうね」「馬鹿な部下ほど可愛いというから、案外喜んでいたのかもしれない、実際君はかわいい部下だったよ」「ほっといてください」

| | コメント (1) | トラックバック (0)

立教セカンドステージ大学の学びかた

 4/15 今年度最初のゼミ開催。セカンドステージ大学では一年目は本科、二年目は専攻科になる。本科と専攻科の受講生の初顔合わせなので前半は簡単な自己紹介になる。その中で昨年ゼミ長をつとめたKさんがこんなコメントをした。「この大学ではガンバラナイことをテーマに学んでいます。みなさん大学生活をおおいに楽しんでください」

この「ガンバラナイ、たのしむ」のKさんのコメントにすこし説明を加えたい。Kさんの昨年の研究テーマは熊谷守一である。守一は洋画の世界で「熊谷様式」ともいわれる独特な様式-極端なまでに単純化された形、それらを囲む輪郭線、平面的な画面の構成をもった抽象度の高い具象画スタイル-を確立した。

「宵月」熊谷守一

Photo

Kさんは守一の研究のため何度も熊谷守一美術館に足を運ぶ、西洋絵画が守一に与えた影響を探るため、セザンヌ、マチスと守一の共通点を追う。さらに影のない絵としての浮世絵研究、守一の現代作家への影響をみるため小杉小次郎の研究。膨大な資料と時間をかけて熊谷守一に取り組んだのである。同じゼミ仲間からみれば「ガンバラナイ」どころではなく「おおいに頑張った」ように見える。

「裸婦」マチス

Photo_2

 私のビジネスの師匠の城功先生の著作に「仕事の遊びかた」というビジネス書がある。城先生は言う「仕事を遊べというのはだらけてやれという意味ではない。むしろ命がけで遊んでみろということだ。自由に取り組め、そうすればお仕着せでない新しいビジネスのアイデァにたどりつく」Kさんの「ガンバラナイ、おおいに楽しむ」というコメントを聴いて城先生のこのセリフを思いだした。

 セカンドステージ大学で学ぶ人たちの目的は若い学生たちのように就職するためではない。また学位をとるためでもない。純粋に学ぶだけである。Kさんは「ガンバラナイ、楽しむ」ということばに、『点数をとるための学びではない 自由に自分のスタンスで楽しみながら勉強しましょう』意味を込めたのだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コッペパンにピーナツバター

  4/13 大学の授業開始である。栃木県で用事があり授業に出られなかった。受講生仲間が講義内容をレクチャーしてくれるというので、池袋に行った。我が仲間は親切な人が多いのだ。本日は授業開始の祝賀会だそうだ。話題が学校給食の時食べた揚げパンのおいしさになる。砂糖がごちそうの時代、現在のように糖分が健康の敵として悪者扱いされていなかったころの話である。揚げパンにまぶした砂糖のおいしかったこと。

 シベリアの話。カステラに羊羹をはさんだあれである。なぜシベリアの名がついたのか?名称の由来に関しては諸説あるが、特によく聞かれる説は、羊羹をシベリアの永久凍土に見立てたという説、カステラの部分を氷原に、羊羹の部分をシベリア鉄道の線路に見立てたという説、シベリア出兵にちなんだものだからという説等である。さらに甘食と昔なつかしい食べ物の話が続く。

 府中から来ているSさんからはピーナツバターを塗って食べたコッペパンの思い出、「今もピーナツバターがあるけど昔のとは微妙に味が違うんだ。近所のパン屋のおばさんに頼むとコッペパンの真ん中に切れ目をいれてバターナイフで缶に入ったピーナツバターをたっぷり塗ってくれる。ところがこちらに渡す前にもう一度バターナイフで上の部分ピーナツバターをこそいでとるもんだから紙みたいに薄くなってね、たっぷりのピーナツバターで食べてみたかったなー」半世紀近くたっても思いが残っているらしい。S少年のくやしさが偲ばれる。

Photo_3

 すると取手のYさんが「うーん、Sさんの葬式にはコッペパンのピーナッツバターか」とぶつぶつつぶやきながらなにやらメモをとっている。Yさんは仲間の葬式をどう盛り上げるかが最大の関心事らしい。以前私の葬式用にピカソ風の似顔絵を描いてくれたが第二弾も検討しているらしい。ここで突然Yさんが「だんごには若い娘の白魚のように手が似合う」と言い出す。Yさんは芸術家肌なので話の流れに無関係にしゃべる人なのだ。仲間がそれに合わせて「取手にある団子屋なんて年寄りばかりで若い娘なんて働いてないんじゃないの?」と言うと

 Yさん曰く「ところがいるんだよ。この前団子屋の娘さんに年を聞いたら42才だといってた。その娘の手が真白ろできれいなんだ」 どうやって団子屋で販売員の年を聞き出したのか?42才の人を「若い娘」と考えるのは何故なのか?なぜ団子屋に入って団子ではなく白い手の方に関心がいってしまうのか?Yさんはまことに謎の多い人である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地方の時間のリズム

4/11は青梅に出かけた。そろそろ桜も終わりのようだ。

Dscf0203

Dscf0205

 4/13は栃木県石橋に出かけた。小山から三つ目の駅である。青梅からの帰り。発車まじかの電車を見送り、ホームのベンチで次の電車を30分ほど待った。栃木では待ち合わせで相手が15分ほど遅れたが駅の周りの景色を見ながら待った。ふだんならイライラするところだが、そんなこともなくゆったりと待った。田舎に入ると時間がゆっくりと進む気がする。

 新宿の伊勢丹とストックホルムのNK百貨店で同じ調査を10年間やった人の話を聴いたことがある。全く同じ商品を買って包装してもらいそれがお客にわたるまでの時間を計り両者のタイムを比較してみるという調査である。

Photo

ストックホルムNK百貨店

 調査の結果はストックホルムNK百貨店は10年間そのタイムは全く同じだった。一方伊勢丹は毎年スピードが上がっており10年間で約半分のタイムになったらしい。接客競争の成果だそうだ。その人はこの10年間での他の調査結果も教えてくれた。10000人あたりの精神障害患者数だ。ストックホルムではほとんど変わっていないが、東京では10年間で270%上昇したのだそうだ。

日本は生産性向上の名のもとにあらゆる面でスピードアップに挑戦してきた。これを社会的スピードと呼ぼうか。社会的スピードがある限界点を超えるとこれについていけず振り落とされる人たちがでてくるのではないかと思う。「早ければよし」とする価値感をこのへんで見直してもいいだろう。田舎のゆったりとした時間が流れる中で考えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

川崎、和喜

  2年ぶりに川崎に行った。駅前の西武がヨドバシカメラに変わったのはいつごろだったか。ストアチェックの対象にしていたルミネの中にあったドラッグストアは花屋になっていた。付き合いのあった韓国のコスメショップ「フェイスショップ」は「すっぽん堂」に変わっていた。最近のショップの出退店はものすごいスピードだ。しかし昔も今も変わらない店もある。焼き鳥屋の「和喜」。さいかやデパートを南町方向に行く途中にある。川崎で仕事をすることになった時、取引先の友人が銀座のママたちに「川崎で一番焼き鳥のおいしい店」のアンケートをとってくれて教えてくれた店だ。

 15人も入れば満員になる。開店は五時だが六時には席はすべて埋まる人気店だ。店主は無口、その代りにおかみさんが人一倍のおしゃべりだ。店主は腕力こそが良い職人を育てると考えている人らしく、時々それを実行している。若い衆が涙をポロポロ流しながら焼き鳥を焼いていたら、店主の愛のムチが振るわれた印なのだ。こちらからも注文もできるがおまかせが本流である。客の食べるペースをみながら、店主自慢の焼き鳥が次々にでてくる。

 価格はリーズナブルだ。おなかがいっぱいになれば右手を上げてストップを宣言する。客は自分の食べたいだけ食べる。店が無理にすすめることはない。友人を何回も大勢連れて行った。ある時後輩が「この店はいつもきてはいけない店ですね。自分にご褒美をあげたくなった時にくる店ですね」と言ったことがある。この店の焼き鳥の味にふさわしい評だと思う。私のおすすめは「牛肉の串焼き」絶品だと思う。ジューシイな焼き上がりに独特のたれのコンビネーションにだれもが感動する。

 この店の看板娘がはるみちゃんだ。自称「川崎一の美人」知り合いの女性を4人別々に店に誘って料理を食べ終えて店をでようとするとはるみちゃんが小走りに駆けよってきて私にだけ聞こえるように「今日も私が勝ったネ」とうれしそうに笑う。しゃくにさわるので次回はとびきりの美人を連れていった。高校生の時からストーカーに悩まされたという湘南随一の美女だ。彼女と韓国の明洞を歩いた時、道行くひとのほとんどが振り返ったほどの美人である。彼女を連れて店の中に入ったとたん、はるみちゃんが「負けたー」と大きな声をだした。はるみちゃん正直な女性なのだ。

 川崎の仕事がなくなって行く機会も少なくなったが「最近おいしい焼き鳥にお目にかからない」と嘆く友人がいる場合だけ、時々案内して大喜びされている。川崎に行く機会のある方で、興味のある人には店の場所をこっそり教えるので連絡してください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宮澤賢治の未発表詩

 未発表の草稿は 賢治の生家の蔵を解体したときに見つかった。地図の裏に賢治独特の文字で書かれていた。

Photo

全文16行の詩である。

   停車場の向ふに河原があって

   水がちょろちょろと流れてゐると

   わたしもおもひ君も云ふ

   ところがどうだあの水なのだ

   上流でげい美の巨きな岩を

   碑のやうにめぐったり

   滝にかかって佐藤猊嵓先生を

  幾たびあったがせたりする水が

  停車の前にがたびしの自動車が三台も居て

  運転手たちは日に照らされて

  ものぐささうにしてゐるのだが

  ところがどうだあの自動車が

  ここから横沢へかけて

  勾配つきの九十度近いカーブも切り

  径一尺の赤い巨礫の道路も飛ぶ

  そのすさまじい自動車なのだ

 前半は水が主役。ちょろちょろ流れる水→巨きな岩をくつがえす水→滝にかかる水。上流から下流までの水の伸びやかな変化を描写してみせる。水の変化は成長をイメージしているのかもしれない。

 後半の主役は自動車である。この詩が書かれたのは1925年前後と思われるので乗合自動車だろう。坂道を九十度近いカーブを切り、巨礫を超えていくダイナミックな乗合自動車の姿を描く。

 川を流れる水は自然の世界、道路と自動車は人口のものであることから自然と機械文明を対比したと解釈できる。また水=やわらかきもの。自動車=硬くハードなものを対比させたともとれる。

 前半の『停車場の向ふに河原があって』後半の『停車の前にがたびしの自動車が三台も居て』の対比から『彼岸』あの世とこの世をイメージさせる。寓意に満ちた作品である。『わたしもおもひ君も云ふ』の『君』は賢治の恋人なのだろうか?興味がつきない作品といえる。

 1年前は詩を読むことに無縁の生活であった。昨年四月から立教セカンドステージ大学の講義で詩の授業を受けたことで興味を持つようになった。千石英世教授のゼミでの最初の課題が賢治の『やまなし』だった。この3月の渡辺信二教授の最終講義に提示された詩が賢治の作品だった。

 ビジネス書と翻訳ミステリーしか読まなかった自分がお二人の教授の授業で「詩を読むことの愉しみ」を学んだ。セカンドステージ大学で得た物は多い。「詩を読むこと」はその中でも上位にランクされる出来事だと思う

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブログアクセス一万回

 このブログへのアクセスが昨日で一万回を超えた。後輩への近況報告がブログ開設の動機だった。その後輩たちと最近酒を飲んだ。「先輩のブログを読んでいると大学で飲み会ばかりやっているようですね。勉強なんかしてるんですか?」「無礼者!大学の授業は5時限目で終わることが多い。18:00に終了するということだ。授業終了後は復習を仲間でやるのだ。で、必然的に居酒屋へいくことになるのだ」

 「でも授業の復習なら喫茶店でもできるんじゃないですか?」「もちろんそうだ。しかし受講生仲間の女性でいつも何か食べていないと空腹感で倒れてしまう人がいる。しかも彼女にとってこの時間帯に讃岐うどんとお汁粉を食べることは生きていくうえでの絶対条件なのだ、この讃岐うどんは焼うどんではダメなのだ。この人は自分の食べたいもので妥協することはない人だ。讃岐うどんとお汁粉がある喫茶店は大学周辺にないというのが居酒屋を利用する理由だ」

 「飲み会の後は必ずと言っていいほどカラオケに行ってますね。あれも授業の復習の為ですか?」「あれは復習というより現代社会の抱える問題の点検だな。三橋美智也の「哀愁列車」は出稼ぎで別れる恋人同士の歌だ。あれを歌うと派遣切りにあった人たちの悲しみがよくわかる。春日八郎の「別れの1本杉」は環境問題の点検だ」

 「先輩の得意の美川憲一の「柳ガ瀬ブルース」はどんな社会問題につながりますか」「あれは「新潟ブルース」「前橋ブルース」などなどいわゆるご当地ソングと呼ばれるジャンルに入る。地域を歌って全国展開を狙った歌だ。宮崎県の東国原知事がやっている地域名産品の掘り起こしにつながる。地域活性化を考えるためにご当地ソングを歌うのた゛」

 「よくわかりませんけどもう少し勉強を熱心にやった方がいいと思いますよ」「それが一番の問題なのだ。立教セカンドステージ大学も2年目、悪い仲間から抜け出して学生の本分に邁進しようと思ってる」「本当にそんなことが先輩にできるんですか?」「全く自信がない」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

入学式は春爛漫

 4/4 立教セカンドステージ大学の入学式。学内の桜は満開。各クラブは新入生の勧誘でにぎわっている。

003

 入学式は一期生、二期生150名でチャペルで行われた。受講生、その娘さん、そのお孫さん三代での入学式への参加はセカンドステージ大学ならではの風景といえる。開始直前に駆け込んだ受講生に教授が「○○さんここが空いているよ」と声をかける。セカンドステージ大学の特徴は少人数の受講生であるため受講生と教授陣のコミュニケーションがより深いことだと思う。ほとんどの教授が受講生を名前で呼ぶことが多い。江戸時代の寺子屋にも似た関係の密度ではないだろうか。

 入学式の後は履修ガイダンス、2年目とあって説明する教授、聴く側の受講生ともゆとりが生まれている。終了後入学祝いと履修科目検討のため、ビール付きミーティングに入る。昨年会社とかけもちで授業を受けていたSさんがこの三月で無事退職したとの報告を受ける。本人はこれで心おきなく勉強に専念できると喜んでいる。

 それを聴いた取手在住のYさんが「退職祝いをしよう」というので一同大賛成する。Yさんは店員を呼んでなにやら注文している。しばらくして、めざしが3匹運ばれてくる。Yさん一応尾頭付きで退職祝いのつもりらしい。しきりにSさんにすすめている「お祝いだから全部食べていいよ」しかも会計はSさんも含めたワリカンである。

 立教大学の建学精神、「愛と正義と倫理とモラル」からほど遠い面々が我が仲間たちである。専攻科の1年間でこの人たちが少しでもまっとうな人間になれるよう祈るような思いである。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

猫たちの留守番

 カミさんが千鳥が淵の夜桜見物に友達と出かけるという。夕方から家を出るので猫の夕食係を命ぜられる。いつもは5時半前後の夕食タイムなのだが猫たちは5時ごろから騒ぎ出す。カミさんには「お願いします」「お願いします」という感じで鳴く猫たちたが、私には「早くしろ、どうしたんだ、このグズ」という感じで鳴きわめていている。クロなどは私の体めがけて突進してくる始末だ。口で言ってもわからない奴と思っているらしい。仕方なくすこし早目に餌をやることにした。当然外猫のしろにも餌をやる。この時間になるとすでに玄関で待っているのだ。

008

餌やりに玄関にでるとしろは「今日はおまえか」という感じで私をチラッと見て悠々と食事する。終わるとハウスで寝ている。のぞきこむとうるさそうに眼をすこし開けて迷惑顔をする。

大騒ぎしたくろは、食事が終わると突然タンスの上に飛び乗ってこちらを眺めている。食事が終われば私とは一緒にいたくないという意思表示のようである。

007

とらは食事が終わると外にでるという。つなぐと門の外に出て駅方向を見ている。カミさんの帰りをここで待つつもりらしい。

004

猫たちの三者三様の態度を見ていると自分がこの家で全く重要視されていない人物であることを思いしらされる。君たちがそういう了見ならこちらはビールでも飲んで寝てしまおう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

桜満開

本日、近所の公園の桜が満開になった。

003

この枝ぶりを見て飛鳥山公園桜を思い出した。飛鳥山公園は約280年前吉宗が享保の改革のひとつとして、 江戸っ子たちの行楽の地とするため、飛鳥山を桜の名所にしたといわれ雇用対策の意味もあったらしい現代の江戸っ子たちをも楽しませている粋な改革といえよう。かたや自民党は30日、追加経済対策の中間報告をまとめたがそのなかに、花粉症対策としてのスギ伐採がある。こちらはなんとも味気ない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

修了パーテイ御苦労さん会

 3/31 セカンドステージの幹事が集まり池袋で御苦労さん会があった。今回の幹事は副ゼミ長が中心となった。さて飲み会。酔う度に人は個性を発揮するようである。気配りバツグンの人がいる。修了パーティでダンスを指導した女性、全員の飲食の状況を細かく監視しながらオーダーを出す。だれのグラスのビールが空いているか。あの人のワインはあと少ししか残っていないとかを見て適格にグッドタイミングでオーダーをする。在庫管理の名手である。ダンスと在庫管理は共通する何かがあるのだろうか?ただこの人最後は必ず全員分のうどんをオーダーする。各人に確認して頼むわけではない、飲み会の終わりは必ず一人一人に勝手にうどんを注文するのだ。なぜそうなるのか一度聴いてみたいと思うが恐ろしくてまだ実行できないでいる。

 ダジャレを連発する人がいる。当然面白くもないダジャレである。しかしメンバーは大笑いでこれに応える。アラカン世代は許容範囲が広い。それに力を得てダジャレが繰りかえされる。ビジネスでいう悪魔のサイクルにはまり込む。そうは言っても隣の人が笑うので自分も合わせて笑っているだけの人もいる。この人はそのダジャレを全然聴いてもいないわけで実害はない。酔っ払いの強みと言うべきかもしれない。

 アルコールを一滴も口にしないのに飲み会に参加している人もいる。終始穏やかに笑みを浮かべながらみんなの話を聴いている。以前無類の酒好きなのにドクターストップがかかってしばらく酒が飲めない人が酒席に出たときの話を聴いたことがある。「酔っ払い同士の話を聞いていると、あるところにさしかかると、片方が『あれーその話さっき聞いたような気がする』という。もう一人は『馬鹿言え、いま始めて話してるんだ』と応えている。しばらくすると片方が「『あれーその話さっき聞いたような気がする』という。もう一人は『馬鹿言え、いま始めて話してるんだ』と応えている。つまり二人は同じ話を繰り返しており、それが五回も続いたという。酔っ払いがあんな馬鹿なことをやっとていると思うとまことに恥ずかしかった」という。

本日参加している下戸の彼に自分の酔態を聴いてみたい気がするが、聴かないほうが幸せということかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »