« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月

現代アートがわからない

 現代アートがわからないという人は多い。同感である。昨年も今年も千石教授の授業の一環で現代アートを森美術館で観た。しかも教授の同行で解説つきだ。しかし教授には申しわけないがわからないものはわからないのだ。こうなったら意地である。「わかるまで現代アートを見続ける」を当面のテーマにしている。

 千葉県佐倉市の川村記念美術館に行く。京成佐倉駅から無料の送迎バスが出ている。3万坪の庭園内の中にある。散策がたのしい美術館だ。

Photo

ルノワールのようなクラシック絵画もあるが中心は現代美術だ。

Image_2

 今回の企画展示はマーク・ロスコ アメリカ抽象表現主義の巨匠、もともと川村記念美術館はロスコの作品を7点所蔵している。今回はイギリス、アメリカから9点をとりよせ、計15点を展示している。15点が一同に集められ、展示されるのはこれが最後になるかもと言われてロスコをよく知らないが観にいった。

2

 『壁画 NO4のためのスケッチ』 赤い窓枠から窓の外が暗く見えるように見えるがよくわからない。これだから抽象絵画は困る。こっちは大森から2時間かけて、電車賃まで使って、入場料1500円も払った結果よくわからない絵に出会ってしまったのである。絵に文句を言ってもしかたがないが昨日もカミさんから「毎晩飲み歩いて無駄遣いが多すぎる、学業に専念しなさい」と教育指導を受けたばかりである。時間と金 をかけてよくわからない絵を見てきたなどと口が裂けてもいえる立場ではないのだ。

 仕方なく指でカメラを作ってこの絵をのぞいてみることにした。すると突然この絵が違って見えだしたのである。はじめこの絵は夜中に、家の中から外をみているように見えた、赤い枠は窓枠、その枠の中の黒は外の暗さを描いたように見えた。しかし指カメラから見えたのは全然違った光景なのだ。

3_2

 両側に掛けられた黒いカーテン、その間から見える赤い灯りのように見えた、指カメラを通すと全く違う光景の絵が飛び出してきたのだ。

 将棋の対局でプロの棋士たちは、いき詰まると突然立ち上がって相手の側にまわって上から将棋盤を見ることがある。みる角度を180度変えることで違った局面が見えることがあるという。ロスコの絵はこれに似ている。角度は変えないが指カメラという補助線をつかうと全く違った絵にみえるのだ。一枚の絵が二通りに見えるのだ。

 ロスコの絵はその深く落ち着いた色づかい、絵の雰囲気から「瞑想する絵画」と呼ばれる。この絵から受けた私の感じは「問答する絵画」である。

 ロスコはこの二通りに解釈できる絵によって「あなたが毎日見ているものを一つの見かただけで解釈していませんか?すこし視点をかえるだけで見えるもう一つの意味を見過ごしていることはありませんか?」と見る側に語りかけているのだ。もちろんこれは私流の勝手な読み方である。ちがう解釈もあるかもしれない。しかし千石教授いわく「現代アートに一つの正解はない。観る人それぞれの解釈があって良い」と。全く同感である。

 こう考えている内にロスコの術中にまんまとはめられたことに気がついた。あれこれ考えている内にこの絵の前20分間も立ち続けていたのである。一枚の絵を20分も見たのは始めてのことだ。ロスコの狙いはこの絵の前にいる観客を考えさせ、足止めすることにあったのかもしれない。

現代アートはわからない。しかしこの絵に出会って現代アートの入口の入口に立てたような気がした。

 美術館の中でバッタリとセカンド大学の教授に遭遇。昨年前期受講した。あれから8か月、学内であってもおかしくないはずなのにこんなところでという感じ。しばし歓談。なお教授も私と同じように授業をさぼってこの美術館の見学にきているかもしれないのでブログでは名前は伏せることにした。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

明日の流通産業の未来を担う人々へ贈るメッセージ

 地方の友人に頼まれて2年ぶりにららぽーと横浜に観に行った。土曜日で人出はかなりのものだ。

002

011

本屋さんで懐かしい書籍に出会った

028

 渥美俊一さんの「チェーンストアへの道」シリーズ。会社に入りたてのころ、この本をバイブルのようにして、勉強した。スーパーが社会的認知が低く「スーと出てパーと消える」と言われた時期である。親戚のおじさんから「なんで大学まて出て大の男がキャベツを売るのか」と嘆かれたことを覚えている。

 流通業の参考図書と言えばこの本しか日本にはなかった。立教大学社会学部の野々口格三教授から流通業を学んだ会社の先輩をリーダーに休みのたびに集まってこの本を読んだ。流通革命を起こそうと本気で思っていたころだ。若気のいたり。

午後は法政大学、外堀校舎でセミナーに参加する。

035

029_2

 講演の一番バッターは渥美俊一さん。冒頭で「大正15年生まれ83歳です」とおっしゃった。渥美さんの次がイトーヨーカドーの村田社長、最後がライフの清水社長。清水社長も大正15年生まれだそうだ。大正生まれ、油断できない世代の人々である。

| | トラックバック (0)

戒名談義

「津軽海峡・冬景色」「時の流れに身をまかせ」…。数多くの名曲を残し、三木たかしさんが逝った。「時の流れに身をまかせ」は我が友取手在住のYさんのカラオケの持ち歌でもある。

 戒名は「耀功院奏心匡道居士」(ようこういんそうしんきょうどうこじ)。多くの人の心に染みわたる曲を残し、輝かしい功績を残した-という意味を込めたそうだ。

 我が家の戒名談義。同居人が 戒名はその人の生きざまを表すものだからあなたは『ほらふき院はじかき居士』にせよという。自分はどうするのかと尋ねたら、下のほうは決めていないが上の方は『美顔院』にするつもりだと答える。そんな自分勝手が許されるものだろうか

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ほっとする絵

 セカンドステージ大学の修了レポートでピカソをテーマにした。その関連でピカソがどんな影響を現代に与えたのかを追っている。必然的に現代アートを見ることになった。難解だ。

岡本太郎は「今日の芸術」という著作の中で現代アートについて、「芸術はここちよくあってはならない」「芸術はきれいであってはならない」「芸術はうまくあってはいけない」という。

Photo

とすると現代アートを見ている自分は「気持ち悪く」「汚い」「へたくそ」なものを見て歩いているということになるのだろうか?

クラシックアートが見たくなって青梅に用事があったので「青梅市立美術館」に立ち寄った。「白と黒水墨の世界」展示会が開催されていた。

011

この美術館の展望ロビーからの眺めはお薦めである。

007

出展作品のひとつ、栗原一郎の『休憩の時』

Photo_2

娼婦だろうか、休憩の時間に煙草を吸ってリラックスしている様子。

常設展示場では多摩ゆかりの洋画家小島善太郎の『編み物』の作品もある

Photo_3

 古き良き時代の「ここちよく」「きれいで」「上手な」絵画をゆったりと時間が流れるちいさな美術館で鑑賞する。ほっとした気分になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大勝軒のつけ麺IN立川

 立川で大勝軒に入った。東池袋が本店、毎日のように池袋に行っているのに何故立川で大勝軒なのかと言われても、昼時に立川にいてそこに店があったからである。

Photo_2

 もりチャーシュウ1000円を注文する。ここではつけ麺をもりと呼ぶのだ。注文すると「麺はあたたかいのか冷たいのかどちらにしますか?」と聞いてくる。ようやく頼むものを決めてホット一息つこうとしたやさきの質問。考えるひまもなく「あたたかいの」と答えてしまった。どう味が違うのか聞く勇気がなかったのだ。大勝軒の麺は太麺で知られている。張り紙をみると「当店の麺はゆでるのに少々時間がかかります、あらかじめご了承ください」と書いてある。もう頼んでしまった以上待つしかないではないか。

Photo_3

麺つゆはどんぶりに入ってくる、チャーシュウーは厚さがすごい。日高屋の5倍、喜多方ラーメンの3倍ほどの厚さはある。これが5枚入っている。ハーフのゆで卵、メンマ入り。これだけでおなかいっぱいの感じである。麺も普通の店の1.5倍はある。合わせて2人前の量である。掟やぶりのボリュームなのだ。スープは鶏がらのだしに魚系のスープが合わせてあるのか?さっぱり系である。

 メニューを見ると麺の大盛りもある。さらにギョーザもあるがこちらは 普通の麺でもやっと食べられたぐらい。大盛りを頼む人はどんな人か見てみたいと思った。大盛りにギョーザを食べられる人はわが大学の仲間ではMさんしか思いつかない。この人みんなでさんざん飲んで食べてもうだれも何も食べられないと思うころに「おなかすいた、なにかボリュームのあるものを頼もうよ」とのたまう大食漢なのだ。いちどMさんを大勝軒に誘ってみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

しろのアウトドアライフ

 朝明るくなるのが早くなった。それに合わせて、くろが朝食を要求する時間も早くなった。朝4時ごろから大声で騒いでいる。「睡眠不足になる」と同居人がこぼすので「くろはもともとノラ猫なのだから外にだしたらどうだと言うと「あなたが外で暮らしなさい」と言われた。「段ボールならたくさんあるからしろのとなりで寝ればいい」という。

 ついこの間まで我が家の権力順位は、同居人、とら、私、くろの順だった筈である。最近のネコたちの私に対する言動からうすうす感じていたがとうとう私は最下位に落ちたようだ。そこでしろのアウトドアライフを観察することにした。

004

朝6時ごろ食事が終わるとしろはさっさと何処かへ出かけて行く。何軒か先の猫好きの家の芝生の隅で食後の休憩をするようだ。緑陰の朝寝、優雅な感じである。

 時々散歩の途中で これも散歩中のしろに遭遇する時がある。そんな時しろはくるっと私に背を向けてしまう。外で私と知り合いであることを秘密にしたいらしい。近所の人に私と知り合いとばれると恥ずかしいと思っているのだ。

005

 我が家のベンチに腰かけている時は外からすっ飛んできて私の隣にチョコンとすわるくせにである。しろのこの豹変ぶり、裏表のある性格を私は気に入っている。ビジネス人生の中で、自分に有利になるならコロコロと態度を変える「手のひら返し人間」が大勢いた。しろを見ているとそういう人たちをなつかしく思いだす。

日中はほとんど姿を見せないしろであるが、夕食の時間になればゆうゆうと登場してくる。夕食が終われば段ボールハウスで食後の休憩である。健康には人一倍気をつけているらしい。しばらく寝たあとでまた出かけていく。自由なアウトドアライフを満喫しているようだ。彼を見ているとアウトドアライフもいいなと考えるときがある。

006

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小江戸川越に遠足

5/12 立教セカンドステージ大学の仲間たちと川越に行った。総勢30名以上 川越着10:20ごろ「中院」の見学からスタート。

005

 次は喜多院。江戸城から移築された「三代将軍家光誕生の間」や「春日の局化粧の間」がある。

018

022

027_2

 喜多院内の枯山水の庭のあたりで1:00近くなる。我が仲間の大食漢のMさんは空腹で顔面が蒼白になっている。Yさんはだんだん無口になってきた。それなのにさらに五百羅漢の見学。

 メガネをかけた羅漢さんもいたが こちらの空腹に対して酒盛りをしている羅漢さんをみていると腹が立ってきた。

036

Photo

喜多院から蔵づくりの町並みへ

050

 いよいよ食事、「春夏秋冬」という店でかき揚げ丼と小うどんのセット定食を食べる。うーんおいしい。「空腹にまさるごちそうなし」を久々に実感した。この店を教えてくれたSさんありがとう。

 最後に菓子屋横丁でお土産を買って遠足は終了した。幹事の皆さんありがとうございました。

056

| | コメント (0) | トラックバック (0)

品質基準

 5/11東京ドームホテルで打ち合わせ。海外にものづくりの拠点を持つメンバーとの定例の会議。打ち合わせのあとホテル内のレストランでランチになる。

003

Photo

 メンバーからの発言「いや、中国からの輸送では、乱暴に取り扱うので商品の入った段ボール箱の角はつぶれていることが多い、苦情を言っても『商品の中身は大丈夫』の一点ばりでね」

 他のメンバーからは「外箱ならまだいいよ。こちらはスーツの裏生地がブルーなのに一部赤で納品されたことがあった。裏生地だからかまわないと思ったらしくて」次々と商品の品質管理の甘さが披露される。

 寝具メーカーのトップからの発言。「日本人の品質に対する要求水準をほんの少し下げるだけで価格は大幅に下げることが可能になる」ふとんに対する針の混入を防ぐための検査体制に莫大な費用を投資した経験のある人の発言だ。

 ブルガリアから輸入した蜂蜜に蜂の羽が混入していたのでメーカーに苦情を言ったら「より自然から作った証、羽をのぞいて食べて欲しい」と回答があった時のことを思い出した。

 曲がったきゅうりを嫌う、不揃いの大根やネギを容認しない。という品質に対する意識が日本の消費者にある。

 中国の生産者の品質管理の意識の低さ、日本の消費者の異常とも思える品質基準に対する要求、双方共に意識改革の必要がありそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

黒澤明『羅生門』

 5/8仲間うちで各人の修了レポート審査会があった。会議の場所はもちろん居酒屋である。第2回目は「複数視点からの表現に挑戦した3人の作家たち」の表題をつけた私の作品が対象となった。三人の作家の一人に黒澤明を取り上げた。特に『羅生門』を中心に論じた。

Rashomon

レポート内容の一部を紹介する。

5  ラストシーンが告げること

この映画のラストシーンは羅生門の下に捨てられた幼児を育てる決意をした焚き木売りが幼児を抱いて家路に向かうシーンで終わる。この時焚き木売りは画面に向かって真っ直ぐに歩いて来る。そこでエンドマークが映し出される。エンドという言葉の意味は終わりを示すと共に分担、受け持ち分、役という意味も合わせ持っている。焚き木売りの抱える幼児はこの物語そのものと解釈できる。黒沢はラストシーンで「この物語の前半は終了した、これからは観客のあなたにこの物語の続きを受け持ってもらいたい。検非違使の役のあなたがこの事件を解決するのだ」とメッセージしたのである。

Photo_2

羅生門オープンセット

 これに対する美大出身でエンジニアのYさんのリアクションペーパーはこうである。「羅生門は財産で建てた豪邸と朽ち果てた心の醜さを象徴しているのだ。更に焚き木売りに抱きかかえられた赤ん坊は、醜さの対極にある純真無垢を象徴し、土砂降りの雨によって愚かなこころが清められることを望んでいるのだ。・・・・」

 お気づきだろうか?私のレポートにはラストシーンに雨が降っているとは一言も触れていない。Yさんは「土砂降りの雨」と書いている。

 Yさんは私のレポートを読みこんだ上、更に原典となった『羅生門』のDVDを見ているのだ。そのうえでリアクションペーパーを書いているのだ。この一行に議論に臨む態度をあらためて教えられた気がした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ピカソと阿修羅像

 5/5ピカソが1936年娘のマヤを描いた「芸術家の2歳半の娘とボート」がニューヨークで競売に掛けられたが買い手がなかった。この作品はこれまで競売に出品されたことはなく1973年にピカソが亡くなるまで35年間にわたりピカソ自身の個人コレクションとなっていて、ピカソお気に入りの作品とみられている。当初の予想落札額は16億円~23億5000万円だった。

2

 このニュースを聞いて,上野で開催中の興福寺の阿修羅展のことを考えた。この三面六ぴの阿修羅像は、清楚な少女のような表情を示し、天平彫刻の代表作の一つとして多くの人に親しまれている名品だ。司馬遼太郎、小松左京などの作家もこの阿修羅像のファンだった。

Photo

2_2

ピカソは多視点から見たものや人を平面に描き、立体派(キュビスム)の元祖と言われた。

P

その遥か昔、日本に多視点から人間をとらえることに成功した芸術的天才がいた。これをピカソに話したら彼はなんと言うだろう? 考えるだけで楽しくなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

江戸のかおり 

 つつじを見に根津神社に向かう。御徒町で下りて少し歩くと岩崎邸(重要文化財)があった。普段は400円の入館料がみどりの日につき無料。見過ごす手はない。

岩崎邸

017

岩崎邸庭園

020

帰りがけに塀に刻まれた岩崎家の家紋を見た

022

岩崎邸を出て少し道に迷ったらしく東大の赤門に出会う023

ちょうどいいので中に入りガードマンさんに根津神社への道を教えてもらった。根津神社到着。つつじは見ごろをすでに過ぎていた。

027

境内では女性による太鼓のパフォーマンス

029

不忍池では骨董市が開催されていた。

Photo_3

江戸の下町気分の半日。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

森美術館・万華鏡の視覚

 現代アート展「万華鏡の視覚」を森美術館を見に行く。写真はジョン・M・アームレーダー。1948・ジュネーブ生まれ・ニーヨーク在住の作品。ミラーボールが6個づつ平衡に並べられ、そこに12個のライトが当てられている。観る人の光と影の感覚を刺激することが狙いの作品のようだ。

Photo

 この部屋に入いるとすぐ、大学の友人でカメラの達人でもあるSさんが「あーMさんも連れてくればよかったね」と言い出した。Mさんは3月に行われた大学の修了パーティのイベントで我々にダンスを指導してくれたプロのダンス教師で、受講生でもある。ダンスパーテイでは予算の関係もありミラーボールを1個しか設置できなかった。ダンスパーティは大成功したのだが1個のミラーボールでは雰囲気づくりがいまいちであった。12個のミラーボールを見てSさんはその時のことを思い出し、これだけの数のミラーボールがあればMさんが喜んだだろうと考えたようだ。

 アラカン世代は芸術作品を前にしても、きわめて世俗的話題に終始するのだ。もっとも芸術がよく理解できないこともあるのだが。

 入場料の話をしよう。今回は大学の仲間23人と一緒に美術展に来た。団体割引と学生割引で1500円の入場料が900円になった。これだから学生稼業は止められない。千石ゼミの仲間のKさん(女性)は「昼食代が浮いた」と大喜びしている。

 見学が終わり中華そば屋に入る。Kさんのオーダーは「チャーシュー麺、ただしチャーシューを入れないでそのかわりメンマを多くしてください」となる。Kさんは菜食主義者のようだ。豚肉を外すことは理解できる。しかし何故チャーシュー麺なのか。ラーメンでも良かったのではないか?チャーシュー麺の場合、何枚ものチャーシューを取り除く手間が発生する。ラーメンならせいぜい1枚のチャーシューを外せばこと足りる。「チャーシュー抜きチャーシュー麺」Kさんは謎の多い人物であることは間違いない。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »