現代アートがわからない
現代アートがわからないという人は多い。同感である。昨年も今年も千石教授の授業の一環で現代アートを森美術館で観た。しかも教授の同行で解説つきだ。しかし教授には申しわけないがわからないものはわからないのだ。こうなったら意地である。「わかるまで現代アートを見続ける」を当面のテーマにしている。
千葉県佐倉市の川村記念美術館に行く。京成佐倉駅から無料の送迎バスが出ている。3万坪の庭園内の中にある。散策がたのしい美術館だ。
ルノワールのようなクラシック絵画もあるが中心は現代美術だ。
今回の企画展示はマーク・ロスコ アメリカ抽象表現主義の巨匠、もともと川村記念美術館はロスコの作品を7点所蔵している。今回はイギリス、アメリカから9点をとりよせ、計15点を展示している。15点が一同に集められ、展示されるのはこれが最後になるかもと言われてロスコをよく知らないが観にいった。
『壁画 NO4のためのスケッチ』 赤い窓枠から窓の外が暗く見えるように見えるがよくわからない。これだから抽象絵画は困る。こっちは大森から2時間かけて、電車賃まで使って、入場料1500円も払った結果よくわからない絵に出会ってしまったのである。絵に文句を言ってもしかたがないが昨日もカミさんから「毎晩飲み歩いて無駄遣いが多すぎる、学業に専念しなさい」と教育指導を受けたばかりである。時間と金 をかけてよくわからない絵を見てきたなどと口が裂けてもいえる立場ではないのだ。
仕方なく指でカメラを作ってこの絵をのぞいてみることにした。すると突然この絵が違って見えだしたのである。はじめこの絵は夜中に、家の中から外をみているように見えた、赤い枠は窓枠、その枠の中の黒は外の暗さを描いたように見えた。しかし指カメラから見えたのは全然違った光景なのだ。
両側に掛けられた黒いカーテン、その間から見える赤い灯りのように見えた、指カメラを通すと全く違う光景の絵が飛び出してきたのだ。
将棋の対局でプロの棋士たちは、いき詰まると突然立ち上がって相手の側にまわって上から将棋盤を見ることがある。みる角度を180度変えることで違った局面が見えることがあるという。ロスコの絵はこれに似ている。角度は変えないが指カメラという補助線をつかうと全く違った絵にみえるのだ。一枚の絵が二通りに見えるのだ。
ロスコの絵はその深く落ち着いた色づかい、絵の雰囲気から「瞑想する絵画」と呼ばれる。この絵から受けた私の感じは「問答する絵画」である。
ロスコはこの二通りに解釈できる絵によって「あなたが毎日見ているものを一つの見かただけで解釈していませんか?すこし視点をかえるだけで見えるもう一つの意味を見過ごしていることはありませんか?」と見る側に語りかけているのだ。もちろんこれは私流の勝手な読み方である。ちがう解釈もあるかもしれない。しかし千石教授いわく「現代アートに一つの正解はない。観る人それぞれの解釈があって良い」と。全く同感である。
こう考えている内にロスコの術中にまんまとはめられたことに気がついた。あれこれ考えている内にこの絵の前20分間も立ち続けていたのである。一枚の絵を20分も見たのは始めてのことだ。ロスコの狙いはこの絵の前にいる観客を考えさせ、足止めすることにあったのかもしれない。
現代アートはわからない。しかしこの絵に出会って現代アートの入口の入口に立てたような気がした。
美術館の中でバッタリとセカンド大学の教授に遭遇。昨年前期受講した。あれから8か月、学内であってもおかしくないはずなのにこんなところでという感じ。しばし歓談。なお教授も私と同じように授業をさぼってこの美術館の見学にきているかもしれないのでブログでは名前は伏せることにした。
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