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2009年8月

転勤族

 地方の支社に支店長を送る。人選が難しい。支店長クラスになれば当然既婚者が多い。まず子弟の学校問題がある。この理由で単身赴任になるケースが多い。家族帯同の場合、奥さんが地域になじまずノイローゼ気味になるケースもあった。単身でいけば健康管理が問題になる。また現地での女性問題も心配になる。誰を送るか人事担当の悩みはつきない。

 同期に入社でこの悩みを吹き飛ばしてくれる人がいた。趣味は仕事。仕事は抜群にできる。独身、体型はパンダに似ている。実際あだなは「イエローパンダ」顔はいかつい。女性問題では完全に安全パイ。北海道、名古屋、各支店を渡り歩く転勤のエキスパートになった。

 その彼が退職後、北海道に移り住むというので送別会があった。もともと新潟県長岡の出身の筈である。千歳空港の近くにだいぶ前からマンションを購入してあるとか。北海道の支店から異動後もたびたび北海道に行っていたらしい、理由を尋ねると見せてくれたのがこの写真だ。

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北海道支店勤務のころ、休みにでかけた山歩きでこの景色に出会いすっかりはまってしまったらしい。それがきっかけで本格的な山歩き、風景写真が趣味になったらしい。退職後は存分の山歩きをしたいと考え、今回やっと念願がかなったとうれしそうだ。送別会後仕事以外に何もできないという友人の一言「地方まわりが多く気の毒だと思っていたけど、こっちのほうがよっぽど気の毒だと思えた来たよ」同感である。

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芥川賞『終の住処』磯崎憲一郎著

 取引先の係長と酒の席で腕相撲して負かす、その後無視され続ける。終電間際の電車の中であったサングラスの女の家にその日のうちに泊まってしまう。十一年間妻と話をしない。家で食事をしない。家の二階の屋根に手が届く背の高い建築家。実際にはあり得ない話が淡々と語られる。最後に不仲だった妻と一生くらしていく決意をする。人生はドラマチックではない。その程度のものという渇いた語り口だ。

 評価の分かれる小説だと思う。小説は人間を描くものという人たちには評価されないだろう。実際主人公の顔が全く見えない小説なのだから。逆に小説は人間を表現するものという固定観念を打ち破る小説が出てきたということで評価する人たちもいるだろう。

 二つの分かれる評価とすこし違う感想を述べたい。女性関係も仕事の話もさあここからという時に終わってしまう。リアルさから一歩離れてしまう。ドロドロとしたところを回避しているのだ。著者は三井物産人事総務部次長、現役のサラリーマンである。リアルに書けばいろいろと弊害があるのだろう。実体験をそのままかけば迷惑する実在の人たちがいるのだろう。そこで『あり得ない事実』の積み重ねとなったのではないか?

この著者が会社を辞めて自由にかけるようになった後の小説を読んでみたいと思った

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新宿今昔 2

  盛り場をうろつくという動機のほかに、新宿にでかける理由が二つあった。ひとつは紀伊国屋で本を探すこと当時はネットで本を探すことはなかったので本を探すのはここと渋谷の大盛堂で本を探した、二店の本の置き方が片方はテーマ別、もう片方は出版社別と違っていたので目的によって使い分けた。大盛堂は今はもうない。

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 もうひとつは昭和館で高倉健の任侠シリーズをみること。網走番外地は必ずこの映画館でみた。大原麗子をこのシリーズで初めてみた。壊れそうな美人という印象だった。

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昭和館は今どうなっているのか。紀伊国屋から南口に向かって5分、行ってみた。

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 昔は一階と地下が劇場だった。悪者が後ろから高倉健に斬りかかろうとすると「健さん、危ない」と観客から声がかかったものだ。今一階は居酒屋に変わっていた。三階でマイナー系の映画を上映していたのがと当時のなごりなのか。町から映画館がどんどん消えている。シネマコンプレックスがショピングセンター内に増え、映画をDVDでみるスタイルが定着した。しかし映画はやはり映画館で見るべきものだ。映画の帰りに食事したり、酒を飲んだりしんながらその日みた映画を振り返る。これを含めて映画を見るということなのだ。昭和館から歩いて一分、40年前と変わらず営業する映画館がある。005_2

  サブカルチャーの雄、ピンク映画館。いまどき居酒屋にした方がもうかりそうなものだがかたくなにこのスタイルを守っている。歌舞伎と同じく保護、保存すべきもののひとつ。すっかり気分が良くなったので、高野に向かう。

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 高野でこの店限定販売のめろんぱん一個263円を買う。数あるめろんぱんのなかで王者の風格をもつめろんぱんだ。

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これに中村屋のかりんとうが加われば無敵の新宿土産となるのだ。

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新宿、今昔1

どんな時に「老い」を感じるかという問いに「用事もないのに盛り場をうろつかなくなった時」と答えた友がいた。40年前新宿が我々の庭だった。

 新宿西口の思い出横丁、マクドも吉野屋もなかった。朝から食事ができる。飲めるまさに大人のワンダーランド。一時火災にあったが再興したらしい。

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ここにはまだ昔のおもかげが残っていた。

新宿といえば歌舞伎町、歌舞伎町と言えばコマ劇場。

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 なんに変わるのかわからないがコマのない歌舞伎町のイメージがどうしても湧いてこない。ミラノ座はまだあった。

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「笑っていいとも」で有名なアルタ。昔は二幸といっていた。

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 このアルタのうらにあるのが「アカシア」学生時代はここのランチが人気だった。普通の店の半額でランチが食べられた。今もがんばっているらしい。

ロールキャベツ定食がこの店のうり。

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もう一つの激安食堂は「三平」これもアルタの裏通りにある。昔より狭くなったがまだ営業を続けていた。

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この店ではとんかつ定食を食べるのが基本だった。キャベツとライスが大盛りだったから。今はどうなっているのかわからない。

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夏休み中のミーティング

 立教セカンドステージ大学は夏休み中である。ミーティングは池袋西口の居酒屋、五時半開始。茨城県から、埼玉県から、川崎から、府中から、都内在住2名、計6人が出席する。授業がある時より出席率が良い。そうとうやることがないらしい。本日の議題はYさんの「絵画卒業三部作」のうちの二作目「阿修羅像」の講評会である。製作に2か月間がかかった力作である。第一作目ピカソ風のコラージュ。今回の作品がこれだ。

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 阿修羅像の周りに梵字が書かれている。赤字から左周りに「いけ」「すき」「すと」「やま」「ほま」「むし」と読める。「いけちゃんがすき、蔵にストックしてある小判をやまほどあげるからほんまに愛してなむし」というラブレターであると解読してみた。

 本人の解説はこうだ。「すき」は杉山。「やま」は山本。「ほま」本間、この字を組み合わせた暗号なのだと主張する。これをある配列にすると山本が立像としてたちあがってくるのだという。しかし、二ヶ月間かけて考えた結果がこれらしい。三作目もあまり期待しないで待つことにしよう。

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万田邦敏監督作品『接吻』

 先週池袋の西口でのトークショウで万田邦敏さんがDVDで見てくださいといった作品。小池栄子の純愛物語だ。

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 映画はフランス映画好きとアメリカ映画好きに分かれる。アメリカ系ではペネロペ・ロペスの『それでも恋するバルセロナ』を好きと言う人にはこの映画を薦めない。北野武監督の「キッズ・リターン」「花火」が好きと言う人は必見の映画だ。

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 映画としての完成度は高い。最大の収穫は小池栄子。この人がこんなに演技力のある女優さんとは思わなかった。胸がでかいだけのタレントと思っていたが見事に裏切られた。映画が進むうちにどんどんこの人が美人になっていく。それを見るだけでも一見の価値のある映画だといっておこう。

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トークショウ「ビバ!アートする池袋」

 池袋西口広場の芸術劇場の前でトークショウが開催された。司会進行が 立教セカンドステージ大学の千石英世教授ということで千石ゼミのメンバーが勢ぞろいした。他にもセカンドの受講生が何人か来ていた。

 パネラーは檜の間伐材で、会場となった舞台を制作した日比野克彦さん、日比野さんはダンボールを使った作品で有名。現在「横浜開港150周年」の記念イベントとして、市民と一緒に150双の船をダンボールで製作中。

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 もう一人のパネラーは立教大学映像身体学科の教授、万田邦敏さん、映画監督でもある、最近の作品では小池栄子さん出演の『接吻』がある。

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トークは「都市、街が失いつつあるもの」を中心テーマとして進行した。

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 万田さんのコメント「高校時代、池袋東口の文芸座に映画を見に行った。駅から文芸座に向かう途中にストリップ劇場やいかがわしい風俗店があった。ドキドキしながら通り抜けた。同時にワクワクもしていた。映画から学んだものに人間の欲望には表と裏があり、それは自分の中にもあるということを気づかされた。映画は人間の持ついかがわしさを含めて描こうとする。映画にはドロドロしたものがつきまとう。当時は文芸座に向かう道そのものがいかがわしかった。この猥雑さを含めて映画を見るという行為があった」

 「シネマコンプレックスの登場でどこでも映画がみられるようになった。クリーンで清潔、いかがわしいものにであうことなく映画館に行ける。ある種の猥雑さがカットされている。なんともつまらないものになりつつあるのではないか」

似た体験がある、高級スーパー開発を手掛けた。通路は広くピカピカ、店舗デザインは最先端、キャベツ、きゅうりを高級品の果物のように整然と陳列する。都内随一のクリーンな売り場を作った。予想の半分の売り上げになった。お客さまにアンケートしてみた。「なんだか正装しないと入れない感じ、あまりきれい過ぎてサンダル履きではいけない店」との回答が多かった。全く乱れのない売り場が居心地の悪さをかもしだしたようだ。

 「世の中はきれいごとと汚なごとの混ざり合い」と教えてくれた人がいる。トークショウを聞いてこの言葉を想いだした。

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