風変わりな『セザンヌ解釈』
修了論文で12人の画家を追っている。ルネッサンス以来の絵画は19世紀後半の印象派の時代から変革を起こす。セザンヌ、マチス、ピカソを経て抽象絵画のモンドリアンへ、いわゆる絵画の逸脱の歴史が始まって行く。当然論文の第一章第一項はセザンヌになる。
『リンゴのある静物』セサ゜ンヌ
56才の時、初の個展を開いた。遅咲きの人である。その過激な革新性のために当時の人たちになかなか認めてもらえなかった。革新的と言えば坂本竜馬がいる。この人勝海舟に出会い、早い時期から当時流行した尊王攘夷思想に無理があることを知っていた。土佐の仲間たちの前ではこの考え方をおくびにも出さない。彼らは尊王攘夷で凝り固まっていたからだ。「いってもわからないやつに黙っておこう」と思ったのだろう。竜馬ずるいのである。
セザンヌは性格からかそういう立ち回りができない。自分の信ずるところを作品によって堂々と主張し、当時の多くの人たちから非難される。不器用な天才というべきか。その作品はくめども尽きぬ深さがある。現在さまざまな解釈がされ、その書籍も多い。
池袋で青空古本まつりが開催されている。
古本屋めぐりは探していないのに必要な本に出会う楽しみがある。ここで『セザンヌ解釈』シドニー・ガイスト著に出会う。セザンヌの絵を性的な角度から論じ一大スキャンダルになった本だ。こちらはすでにセザンヌの項を書きあげてマチスに入っているところ。もう少し前にこの本に出会っていたらと歯ぎしりする。2万字が目安の論文に2人の作家ですでに一万字を割いてしまった。書き足す余裕もない。まして今はマチスで頭はいっぱい、セザンヌに戻っている場合ではないのだ。で、結局本を買って読んでいる。論文はストップしている。セザンヌ不思議な磁力を持つ作家なのだ。論文はどうするのかって? 後は野となれ、山となれの心境なのだ。
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