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2012年3月

韓国コスメ

 韓国江南にいる友人からメールが来た。化粧品メーカーの人で今度日本に輸出することになったらしい。韓国コスメの日本取扱い状況を見てほしいとの連絡だ。韓国のコスメは「BBクリーム」から始まって、「エスカルゴクリーム」今はしわとりに効果があるという「蛇毒クリーム」が人気らしい。本物の蛇の毒が配合されているわけではなく、蛇の毒と同じ化学元素を組み合わせて作られたシンエイクという成分が配合されている。


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 新大久保にあるコスメショップ「スキンガーデン」にいってみた。

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 平日にもかかわらず大混雑していた。新大久保はいまコリアンタウンとして大ブームなのだと教わった。

 韓国の人は何処の国にいっても韓国料理を食べたがる。江南の友人がよく行く「カムジャコル」という店によって
おすすめの鍋「カムジャタン」を食べた。豚肉とじゃがいもの鍋だ


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海鮮チゲ定食もおいしい。

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 店は靖国とおりに面してドンキホーテの近くにある。日本在住の韓国の人も通う人気店のようだ。


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「つかこうへい70年代展」

 早稲田大学構内にある坪内逍遥博士記念演劇博物館。
 建物自体が演劇資料になっている。
 エリザベス朝時代、16世紀イギリスの劇場
「フォーチュン座」を模して今井兼次らに
より設計された。
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この中で「つかこうへい70年代展」を見学した。


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 つかさんは一昨年亡くなった。

つか こうへい(本名:金峰雄〔キム・ボンウン、〕、、国籍:大韓民国、男性、1973年、岸田國士戯曲賞を、当時最年少の25歳で受賞 (戯曲『熱海殺人事件』)
1987年11月、ソウルで韓国人役者による『熱海殺人事件』を上演し大成功を収める
 紀伊国屋ホールでこの「熱海殺人事件」を見たことがある。

 警視庁のお騒がせ、くわえ煙草の伝兵衛こと二階堂部長刑事が担当する殺人事件は世間を騒がせるような一流でないと気が済まない。単純な動機の殺人事件を立派な?事件に仕立てようとする。
つか独特のブラックユーモアの世界。
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 つかさんの演出は観客の反応をみながらセリフを変えていく初日と楽日では演出が異なるのでつかファンは必ず初日と楽日のチケットを買った。

 70年代日本人の多くが「きっと明日はよくなるさ」と信じていた時代。彗星のように現れた演劇界のスーパースターだった。企画展では ビデオでつかさんの演劇も紹介されてなつかしく鑑賞した。

 「つかこうへい」とひらがなのペンネームにしたのは、漢字の苦手な「おかあさん」のためらしい。心やさしいひとだった。


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最近のしろ

 「しろ」は外ネコなので朝と夕方に家に現れる。もちろん食事の為だ。
食事が終わればたいていはさっさと何処かへ出かけて行く。
 
 喧嘩をすると1週間ぐらい姿を見せない時もある。喧嘩相手に怯えて
隠れ家にいるらしい。

 何かのひょうしに玄関脇の段ボールハウスで寝ている時もある。
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 家に入れようとドアを開けると入ろうとしないで一目散にどこかへ行ってしまう。
これが「しろの行動習慣だったのだが最近少し変わってきた。

 夕方の食事時にいそいそと家に入り二階に駆けあがってくる。二階で食事が終わると
ソファーの上で毛づくろいしたり、眠ったりするようになった。


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 3時間ほどすると一階に降りて外に出るというジェスチャーをする。玄関を開けてやると一目散に出かけていく。
どうしてこうなったのかまったくわからない。本人もまったく説明する気もないようだ。


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横浜ダイエー

 久しぶりに横浜のダイエーに行ってみた。
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 平日ということもあるが以前のような活気がない。売り場を歩いていたら、創業者の中内功さんの講演会に行った時のことを思い出した。チェーンストア協会の会長だったころの話だ。 聴き手はスーパーの社員が中心だった。
 
 講演の冒頭中内さんが「君たち、売上げを上げたいなら、僕の話を聞いてもなにもならない。今すぐ店に帰りなさい。そして売り場に立ってお客さんを観察しなさい。お客さんが何を買って、何を買わないのか?それを見る、考えることが売上向上策の一番の方法なんだ」
 僕の話は過去のことしか言えない。君たちは今のお客のことを考えなさい」

 日本のスーパーを引っ張ってある時期日本一のスーパーをつくりあげた中内さんは徹底した現場主義の人だった。

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船の友から

 香港ツアーのブログ記事に友人からコメントが寄せられた。

 「ご無沙汰しています。
 ブログの復活。とても嬉しいです。
 香港ですか、サタンカードのキーホルダーが懐かしいです。
 あれから40年です。
 浦島太郎に成りましたねぇ。」

 生産性本部の企画で各社の若手社員がシンガポール、香港マカオを船で旅をした。船の中では研修づけだった。その時の仲間からのコメントだ。

 「サタンガード」には説明が必要だろう。船旅で主要な都市に寄港する。香港で寄港した時はみんなでショッピングに出かけた。土産物店でワニのつま先がキーホルダーになっていたので「これはナンダ?」ということになった。

 仲間の一人が魔よけではないかと言い出したので聞いてみようということになったが「魔よけ」という言葉が中国語 でも英語でも出てこない。困った仲間が発した言葉が「デスイズ サタンガード?」店員がにっこり笑って「イエス」と 答えた。ブロークンイングリッシュでもなんとかなるという話。

 なんともならないこともあった。ある品を「安くして」と言う代わりに仲間が「ダウン、ダウン」を繰り返したら、とうとう店員がしゃがみ込んでしまったという、うそのようなホントの話。

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病院で会議をすると

 ある企画会議に参加している。主要メンバーの一人が入院したが日程の都合上病院で会議することになった。
 食堂はすでに終了自動販売機の珈琲を持ち寄ってテーブルにつく。入院中の当人は点滴をしながらの参加だ。

 PM6:30~PM8:00 場所は病院の食堂。この日に決めておかなければならない議題があるので集中審議となる。

 会議の進行に関係なく自分の関心のあることをとうとうとまくし立てるひと。

 何か発言しなければとまったく関係のないことをいいだすひと。

 他人の意見を聞いておらず<また同じようなことを繰り返し言い出す人。

 会議のまとめ役は困り果てている。

 最後の10分間で本日決めなければいけないテーマと方向を箇条書きすると皆賛成ということになった。

 帰り際にまとめ役の人に「大変だね」と声をかけると
 「会社の会議なら怒鳴りつけて終わりですが、この会議はいろんな立場の人がいるので
  寛容と忍耐が必要です」という。

 この企画会議のテーマは「コミュニケーションの再生」である。そのための会議がまったくコミュニケーションが機能 していないのは何故だろうか?

 

 

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海外での会話

 海外旅行をする時最低必要な6つの言葉を覚えることにしている。

 こんにちわ
 ありがとう
 ビール
 トイレは何処?
 灰皿は?
 会計してください

 これだけあれば3泊4日程度の旅行は十分だ。

 香港にいった時はまったくダメだった。

 準備したのは北京語、現地では広東語なのだ。
 友人に北京語でも通じるよと聞いていたのだが。

 「こんにちわ」 北京語でニイハオ 広東語ではネイホウ
 似ているが違うのだ。

 ホテルのフロントでは北京語でOKなのだが
 現地の地元の居酒屋では全然通じなかった。

 ホテルでトイレは何処?と英語で尋ねた友も
 まったく通じなかったのでもだえ苦しんでいた。

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渋谷が変わった

 文化村のフェルメール展の帰りに電気店と本屋を覗きに行った。宇田川町近辺。前にあった電気量販店の場所に行くと「ABCマート」に変わっていた。東急百貨店に向かう通り、109のとなりの「くじらや」の隣りがヤマダ電気になっていた。旭日屋書店にいくと「ブック1」に変わっていた。まったくついていけないほどのスピードで渋谷は変化している。

 センター街の行きつけの台湾料理屋もなくなっていた。更に歩くとやっと「龍の髭」があった。
3年ぶりだろうか?
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 なんとなくホットした気分になる。
 レバニラのランチセット750円を注文

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 これで文化会館がリニューアルされれば渋谷は私の知らない街になりそうだ。


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ヨハネス・フェルメールからのラブレター展

 渋谷ブンカムラで開催中。手紙をモチーフに取り上げたフェルメールの3点『手紙を読む青衣の女』『手紙を書く女』『手紙を書く女と召使い』が展示されている。
 『手紙を書く女』
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 この絵が描かれた時代はまさにオランダが東インド会社を立ち上げ、大航海時代に突入していた輝かしい時代だ。
オランダは当時のヨーロッパで最も識字率が高く、郵便制度が整備されてから手紙の利用が急速に増加した。日本でいうと安土桃山時代から江戸時代のころ。
 
 『手紙を読む青衣の女』
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 後ろの画中画には地図が描かれている。そこから航海に出た恋人からの手紙を読んでいるのだという。
 
『手紙を書く女と召使い』
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床には書き損じたのか白い便箋が散らばっている。画中画には旧約聖書の逸話が書かれているらしい。

 この二つのことから恋人との和解を願って手紙を書いているのだという。

 まるでパズルの謎解きのような世界だ。そんな難しい解釈より、青や黄色というインパクトのある色を効果的に使って一瞬の内に見る者を絵の中に引き込んでしまう力技がフェルメールという画家の特徴だと思う。

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卒業祝いの料理

 友人から「大学院を卒業する」との報せが届いた、定年退職後に大学に入り、さらに
大学院に進んだ。通常卒業に必要な単位の2倍の単位を取得したらしい。なんという探究心なのか?この人の論文を読む機会があった。城の建築に例えれば、一つ一つの子城が堅牢に構築された名城の感があった。その論理の明快さは「論文の手本」になるレベルの高さだ。
 当然 仲間を集めて祝いの席を設けることを計画中だ。必要なのは鯛のお頭つき、海老、紅白のかまぼこ、卵焼きなどの料理だ。
 鯛は海で獲れない時もあるので、鯛焼きで代用する。海老は鶏足の煮込み(本人が肉が好きなので)かまぼこは、かぶのおしんこ、とくれば卵焼きは沢庵に変更。健康を考えたこころのこもった料理で祝うことを検討中なのだ。
 以前仲間の誕生日祝いを目刺しのお頭付きで祝ったこともあるのでこれを加えるかどうかも検討中だ。
 

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香港の気になるビール

 ビールならキリンか朝日と決めている。サントリー、プレミアム、エビス等など、いろいろなビールを飲んでもさほどの違いを感じないからだ。味覚音痴ということかも。しかし香港で飲んだビールがとてもうまい。写真がこれだ。
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 ビールの名前を忘れてしまったが、14香港ドルだった。とにかくうまいビールだった。バドワイザーに近い感じ。熱い気候に合うすっきりした味だ。その土地の気候にあったビールが一番うまいということだろうか?
その時たのんだつまみがこれ、どれも20HK$とにかく安い。

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 その後何軒か夕食を食べた時にこのビールを探したが見つけることが出来なかった。次回の楽しみということにしておこう。


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マカオでギャンブル?

 競馬、競輪、パチンコギャンブルとは無縁である。「100円の金は100円で使え」我が家の家訓だ。しかし今マカオはラスベガスを超えるカジノが集まる街だ。ここでカジノを覗かなければ後悔する。マカオフエリーターミナルに近い「サンズ」に行く。
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 一階にある。観光客用のフロアでVIP用は地下と2階にあるようだ。


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 一番人気のあるバカラやブラックジャックのテーブルが並んでいる


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ルールがわからず簡単そうなスロットマシンに挑戦!香港HK$紙幣を挿入し、掛け金のレートボタンを押す。5,10,15,~100HKドルまである。後はスタートボタン、ストップボタンを押すだけ。あっというまに残金は半分になった。そこからあたりがでたようで5回ほどチャレンジすると基金の3倍になった。この間わずか5分間だ。終了ボタンを押すと残金が印字される。それを会計カウンターにもって行くと現金に変えてくれた。

 ビギナーズラックという初体験、どこぞの製紙会社の御曹司も最初は勝ちまくり、その後泥沼になったのだろう。
今度きた時はもうすこし時間をかけてやろうと思った。それが破滅への道につながっているのだろう。

 


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香港のあるきかた

海外ツアーで一番めんどうなのが、旅行社推薦の土産物店に立ち寄ること。関心のない店にいくのは時間のムダだ。 また食事付きだと自分の食べたい時に食べたいものが食べられない。もっとみたいという場所で時間の制約を受ける等などのデメリットがある。マイペースの旅行をするなら現地で「自由行動」というツアーに参加することだ。

 そうすると現地の移動は自分たちでするというこになる。現地の歩き方の基本は
MTR 地下鉄だ、「客務中心」と表示のあるカウンターでツーリストパス55HK$を買うといい。
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切符は駅構内にある自動券売機で購入できる。
購入の仕方は、まず行き先をタッチ画面で触って表示された金額を券売機に入れる。(切符はカード型)また、発行日のみ有効で、途中下車はできない。
距離により異なりHK$4~26。 6:00~1:00頃まで運行

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 バスの利用はちょとむずかしい。バス停で自分の行きたい場所が何番のバスかを確認する必要がある。降りたいバス停の手前でベルをならす。ドライバーに事前にここで降りたいと書いたものを見せるのが一番安全だ。
 料金は距離により異なり、HK$0.90~39でお釣りは出ない。

  タクシーは
 最初の2kmまでがHK$20、200mごとにHK$1.40、待ち時間2分ごとにHK$1.40が加算される。現地の言語で書いた目的地、住所をドライバーに見せれば確実に目的地につく。


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弥生美術館・竹久夢二美術館

 入館料は900円でどちらの美術館も見学できる。都営バス(学07)「御茶の水駅―東大構内」で、終点「東大構内」下車徒歩2分
弥生美術館は「伝説の劇画師 植木金矢展」
 
 昭和28年12月号の『痛快ブック』に初登場以来大ヒット連載したチャンバラ時代活劇「風雲鞍馬秘帖」は、新鮮な驚きをもって少年読者を夢中にさせた。  その作者こそ、当時絶大な人気を誇った劇画師・植木金矢(1921年~/別名・寺内鉄雄、最上元)だ。

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竹久夢二

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 大正美人の風情を感じることができる。大正3年(1914)10月に夢二は、たまきのために日本橋区呉服町(中央区八重洲1丁目)に「港屋絵草紙店」を開店した。夢二のデザインによる版画・封筒カード・絵葉書・手拭・半襟などを売る店であった。この店には多くの若い女性たちが押し寄せ、連日、お客で賑わったという。その写真もあった。

 夢二の女性をめぐるエピソードも開示されて楽しい。


 「夢二と東郷青児。この2人のあいだに夢二の妻たまきをめぐって痴情のもつれがあったことは、あまり知られていませんね。一時期のことなので、それも無理からぬ話ではありますが、……でも確かに。

 大正3年(1914)。夢二はすでに売れっ子の絵描きで、妻たまきを「港屋」にすえ自作品やそれを印刷した絵葉書をブロマイドのように販売していました。そこへ出入りしていた青年がある日連れ立ってきたのが、友人の東郷青児でした。青児は当時、青山学院中等部を卒業したばかりの17歳。

 夢二は地方で作品展をひらくことが多く不在なことが度々あったので、いつしか青児が港屋の2階で夢二画を代筆するようになり、やがてたまきの「若いツバメ」のような関係になっていきました。それを嗅ぎつけた夢二が、地方展の予定を急遽変更して夜中に帰宅してみると、たまきと青児は情事の真っ最中。血がのぼった夢二は、そばに置いてあった木刀(あるいはバット)を握り、2人に襲いかかりました。仰天した青児は、脱いだ衣類をがばっと鷲づかみにするや、素っ裸のまま窓から飛び降り、夜道を遁走。息も白い真冬の出来事。それ以来青児は港屋に寄りつくことはなかったようです。

 見学が終わったら併設の「夢やカフェ・港や」でコーヒーとケーキのセットで一休みできる。


 

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