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弥生美術館・竹久夢二美術館

 入館料は900円でどちらの美術館も見学できる。都営バス(学07)「御茶の水駅―東大構内」で、終点「東大構内」下車徒歩2分
弥生美術館は「伝説の劇画師 植木金矢展」
 
 昭和28年12月号の『痛快ブック』に初登場以来大ヒット連載したチャンバラ時代活劇「風雲鞍馬秘帖」は、新鮮な驚きをもって少年読者を夢中にさせた。  その作者こそ、当時絶大な人気を誇った劇画師・植木金矢(1921年~/別名・寺内鉄雄、最上元)だ。

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竹久夢二

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 大正美人の風情を感じることができる。大正3年(1914)10月に夢二は、たまきのために日本橋区呉服町(中央区八重洲1丁目)に「港屋絵草紙店」を開店した。夢二のデザインによる版画・封筒カード・絵葉書・手拭・半襟などを売る店であった。この店には多くの若い女性たちが押し寄せ、連日、お客で賑わったという。その写真もあった。

 夢二の女性をめぐるエピソードも開示されて楽しい。


 「夢二と東郷青児。この2人のあいだに夢二の妻たまきをめぐって痴情のもつれがあったことは、あまり知られていませんね。一時期のことなので、それも無理からぬ話ではありますが、……でも確かに。

 大正3年(1914)。夢二はすでに売れっ子の絵描きで、妻たまきを「港屋」にすえ自作品やそれを印刷した絵葉書をブロマイドのように販売していました。そこへ出入りしていた青年がある日連れ立ってきたのが、友人の東郷青児でした。青児は当時、青山学院中等部を卒業したばかりの17歳。

 夢二は地方で作品展をひらくことが多く不在なことが度々あったので、いつしか青児が港屋の2階で夢二画を代筆するようになり、やがてたまきの「若いツバメ」のような関係になっていきました。それを嗅ぎつけた夢二が、地方展の予定を急遽変更して夜中に帰宅してみると、たまきと青児は情事の真っ最中。血がのぼった夢二は、そばに置いてあった木刀(あるいはバット)を握り、2人に襲いかかりました。仰天した青児は、脱いだ衣類をがばっと鷲づかみにするや、素っ裸のまま窓から飛び降り、夜道を遁走。息も白い真冬の出来事。それ以来青児は港屋に寄りつくことはなかったようです。

 見学が終わったら併設の「夢やカフェ・港や」でコーヒーとケーキのセットで一休みできる。


 

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