日記・コラム・つぶやき

男女は平等?

「OTAふれあいフェスタ」平和島で毎年開催、一日20万人が集まる大田区の一大イベント。

009

区の行事らしく健康診断も

008

お目当ては屋台のきつねうどん250 円、持つ煮込み200円にビールを買って即席のテープルに陣取る。

010

 同じテーブルに若いお父さん二人と幼稚園ぐらいの男の子がふたり座っている。両方のお父さんがそれぞれ子供に焼きそばを食べさせている。そこに奥さんが屋台から買ったものを下げてやってきた。お父さん二人にはお茶とビビンバ丼、若い奥さん同士は鳥のから揚げ、焼き鳥、ウィンナーを肴にビールで酒盛りを始める。お父さん二人は車の運転のためかペットボトルのお茶しか飲んでいない。奥さん二人は豪快にビールのお代わりだ。確かに男女は平等になりつつあると実感した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブログアクセス2万回

 このブログへのアクセス、ただいま20145回、1万回毎にデザインを新しくすることにしているので新規のデザインに変更した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新宿今昔 2

  盛り場をうろつくという動機のほかに、新宿にでかける理由が二つあった。ひとつは紀伊国屋で本を探すこと当時はネットで本を探すことはなかったので本を探すのはここと渋谷の大盛堂で本を探した、二店の本の置き方が片方はテーマ別、もう片方は出版社別と違っていたので目的によって使い分けた。大盛堂は今はもうない。

008

 もうひとつは昭和館で高倉健の任侠シリーズをみること。網走番外地は必ずこの映画館でみた。大原麗子をこのシリーズで初めてみた。壊れそうな美人という印象だった。

Photo

昭和館は今どうなっているのか。紀伊国屋から南口に向かって5分、行ってみた。

003

 昔は一階と地下が劇場だった。悪者が後ろから高倉健に斬りかかろうとすると「健さん、危ない」と観客から声がかかったものだ。今一階は居酒屋に変わっていた。三階でマイナー系の映画を上映していたのがと当時のなごりなのか。町から映画館がどんどん消えている。シネマコンプレックスがショピングセンター内に増え、映画をDVDでみるスタイルが定着した。しかし映画はやはり映画館で見るべきものだ。映画の帰りに食事したり、酒を飲んだりしんながらその日みた映画を振り返る。これを含めて映画を見るということなのだ。昭和館から歩いて一分、40年前と変わらず営業する映画館がある。005_2

  サブカルチャーの雄、ピンク映画館。いまどき居酒屋にした方がもうかりそうなものだがかたくなにこのスタイルを守っている。歌舞伎と同じく保護、保存すべきもののひとつ。すっかり気分が良くなったので、高野に向かう。

025

 高野でこの店限定販売のめろんぱん一個263円を買う。数あるめろんぱんのなかで王者の風格をもつめろんぱんだ。

Photo_2

これに中村屋のかりんとうが加われば無敵の新宿土産となるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

新宿、今昔1

どんな時に「老い」を感じるかという問いに「用事もないのに盛り場をうろつかなくなった時」と答えた友がいた。40年前新宿が我々の庭だった。

 新宿西口の思い出横丁、マクドも吉野屋もなかった。朝から食事ができる。飲めるまさに大人のワンダーランド。一時火災にあったが再興したらしい。

021

ここにはまだ昔のおもかげが残っていた。

新宿といえば歌舞伎町、歌舞伎町と言えばコマ劇場。

014

015

 なんに変わるのかわからないがコマのない歌舞伎町のイメージがどうしても湧いてこない。ミラノ座はまだあった。

016

「笑っていいとも」で有名なアルタ。昔は二幸といっていた。

023

 このアルタのうらにあるのが「アカシア」学生時代はここのランチが人気だった。普通の店の半額でランチが食べられた。今もがんばっているらしい。

ロールキャベツ定食がこの店のうり。

012

013

もう一つの激安食堂は「三平」これもアルタの裏通りにある。昔より狭くなったがまだ営業を続けていた。

009

この店ではとんかつ定食を食べるのが基本だった。キャベツとライスが大盛りだったから。今はどうなっているのかわからない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ビジョン2021」バングラディシュ

 

21世紀社会デザイン研究科公開講演会 7/6
「バングラデシュ ビジョン2021における政治・経済と医療の新動向」を聴いた。講師はハルン・オル・ラシッド 氏(ダッカ大学教授)ダッカ大学政治学部教授。専門は政治過程論。主要な著作は『バングラデシュの夜明け:バングラ=ムスリム同盟とムスリム政治19061947』、『ベンガル政治の内側193647年』など。

バングラデシュ(旧東パキスタン)は、南アジアにあるイスラム教徒主体の国である。首都はダッカ。インドの東側に位置し、インド洋に面する。ベンガル湾に注ぐ大河 ガンジス川を有する。国境のほとんどをインドに接するが、一部ミャンマーと接している 。 .

女性の自立を支援するグラミン銀行で有名である。

バングラディシュの最南東部にあるチッタゴン大学経済学部長だったムハマド・ユヌス氏が1976に個人的にお金を貸すことからはじめ、1983政府から承認された銀行。この銀行の貸付制度はマイクロクレジットとよばれ、貧困層にお金を貸し、生活の向上を促す活動を行っている。女性を中心に500万人以上に貸し付けを実施した。

無担保にもかかわらず、貸し倒れ率は2%ほどで、驚くほど低いという。

創設者のユヌス氏は2006ノーベル平和賞を受賞した。

バングラデシュは「アワミ連盟」と「BNP」という二大政党が5年ごとの選挙のたびに政権交代を繰り返してきた。1991年にはBNPが勝ち、1996年にはアワミ連盟が勝ち、2001年にはBNPが勝つ、という具合である
バングラデシュで昨年12月に実施された国会(1院制、定数300)選挙は30日、開票の結果、ハシナ元首相率いる野党のアワミ連盟(AL)が全議席の3分の2以上を獲得し、圧勝した。ジア前首相のバングラデシュ民族主義党(BNP)は汚職体質を批判され大敗した

アワミ連盟 ハシナ氏

Photo_3

 首相のポストが世襲化しているのは日本も同じだが、バングラの場合にはもっと重傷である。人々が政党を支持する理由として真っ先に挙げるのが、過去の英雄たちの名前なのである。
 つまり「シェイク・ハシナは独立の父ムジブル・ラーマンの娘だから」、あるいは「カレダ・ジアは偉大なジアウル・ラーマンの妻だから」投票する。党の政策ではなく、リーダーとしての資質でもなく、総裁の出自にしか注目が集まらないという特徴がある。

ラシッド教授はこの選挙のマニュフェストを説明する

教育の項目では

     2010までにすべての人の小学校への入学

   2013は大学教育の無料化

IT教育では

  2013までにすべて中学校でのIT教育の普及

  2021までにすべての小学校でのIT教育の普及

 講演を聞いて思ったこと。一人の大学教授が外国で選挙のマニュフェストを講演する。日本の教授でこれをする教授がいるだろうか?

教授の志の高さを比較していうのではない。外国にでかけ、堂々と発表できるマニュフェストを持つ政治があるか、ないかの話である。

総選挙も近い、各党のマニュフェストを読んでみようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

戒名談義

「津軽海峡・冬景色」「時の流れに身をまかせ」…。数多くの名曲を残し、三木たかしさんが逝った。「時の流れに身をまかせ」は我が友取手在住のYさんのカラオケの持ち歌でもある。

 戒名は「耀功院奏心匡道居士」(ようこういんそうしんきょうどうこじ)。多くの人の心に染みわたる曲を残し、輝かしい功績を残した-という意味を込めたそうだ。

 我が家の戒名談義。同居人が 戒名はその人の生きざまを表すものだからあなたは『ほらふき院はじかき居士』にせよという。自分はどうするのかと尋ねたら、下のほうは決めていないが上の方は『美顔院』にするつもりだと答える。そんな自分勝手が許されるものだろうか

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小江戸川越に遠足

5/12 立教セカンドステージ大学の仲間たちと川越に行った。総勢30名以上 川越着10:20ごろ「中院」の見学からスタート。

005

 次は喜多院。江戸城から移築された「三代将軍家光誕生の間」や「春日の局化粧の間」がある。

018

022

027_2

 喜多院内の枯山水の庭のあたりで1:00近くなる。我が仲間の大食漢のMさんは空腹で顔面が蒼白になっている。Yさんはだんだん無口になってきた。それなのにさらに五百羅漢の見学。

 メガネをかけた羅漢さんもいたが こちらの空腹に対して酒盛りをしている羅漢さんをみていると腹が立ってきた。

036

Photo

喜多院から蔵づくりの町並みへ

050

 いよいよ食事、「春夏秋冬」という店でかき揚げ丼と小うどんのセット定食を食べる。うーんおいしい。「空腹にまさるごちそうなし」を久々に実感した。この店を教えてくれたSさんありがとう。

 最後に菓子屋横丁でお土産を買って遠足は終了した。幹事の皆さんありがとうございました。

056

| | コメント (0) | トラックバック (0)

下取りに出されるお父さん

 秋葉原駅につくとついつい電気街に向かう。何十年とこの地をマーケティング場所として定点観測してきたことが習慣になっている。下取りの販促看板が目に入る。

0071

 スーパー、デパート、どこでも「下取り」をしている。家に帰ってこの話題になる。すると奥さんが「ああーどこかでお父さんの下取りをやってくれないかなー」と危険な発言をする。念のため尋ねてみた。「仮にお父さんを下取りに出すとしたらどれぐらいの家が下取りに出すだろうか?」「うちぐらいの年齢のおくさんはほとんど出すんじゃないの」と更に危険な発言が続いている。

 「だけどみんなのうちがお父さんを下取りにだすと店であふれて収容センターのような施設が必要になるんじゃないか」と私。「平気よ、あたたかくなってきたからお店の駐車上に囲っておけば」と他人ごとなので乱暴だ。危険は拡大している感じ。

 「例えばブックオフでは持ち込んだ本があまり汚いと引き取りを拒否されるケースもあるそうだ。隣のお父さんは引き取ってもらえて、うちが引き取り拒否されると恥ずかしくて近所を歩けなくなるかもしれない」と私が言う。

「うーん」とわたしの場合は引き取り拒否の可能性が高いと思ったのか奥さんが考えこんでいる。ひとまず危険は回避されたようだ。しかしこの状態はいつまで続くかわからない。その時に備えて対策を検討しておこうと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

桜満開

本日、近所の公園の桜が満開になった。

003

この枝ぶりを見て飛鳥山公園桜を思い出した。飛鳥山公園は約280年前吉宗が享保の改革のひとつとして、 江戸っ子たちの行楽の地とするため、飛鳥山を桜の名所にしたといわれ雇用対策の意味もあったらしい現代の江戸っ子たちをも楽しませている粋な改革といえよう。かたや自民党は30日、追加経済対策の中間報告をまとめたがそのなかに、花粉症対策としてのスギ伐採がある。こちらはなんとも味気ない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

卒業式

 3/24 法政大学に行って卒業式に遭遇した。武道館で11時ごろ修了して靖国神社を通り大学に歩いて戻ってくるらしい。

048

 食堂に行くと卒業生に無料でビール、ワインを配布している。我々の時代との差を感じる。卒業式に参加した父兄と話しをした。卒業式が終わって武道館を出ると 隣を歩いていた卒業生(女性)と田舎から出てきたらしいお父さんとお母さんめがけて若い男性が走り寄って来た。若者いわく「お父さんお母さんお嬢さんとお付き合いさせて頂いている○○です。よろしくお願いします」

 突然の挨拶にそのご夫婦は完全に固まってしまったとか。晴れがましい卒業式の喜びをかみしめている最中にやってきた衝撃、そのご夫婦に同情することしきりの二人だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

善慶寺

 歩いて5分のところに善慶寺がある。「新井宿義民六人衆」が祭られている。

010

四代将軍家綱の時代、村人の困窮をみて減税を直訴して処刑された。

009

境内に入るともう桜が満開になっている。

001

入口付近でネコが居眠りの最中。大勢のひとが近くに行っても悠然と眠ったままである。

007

006

我が家の猫どもは家の前を人が通っただけで「ウー、キャー」と大騒ぎして逃げまどう。その小心さに比べてさすが善慶寺にいる猫は大物の風格が漂っている。やはり毎日の修業が影響しているのだろうか。今度家の三匹もここに修行に出してみようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神社のコマーシャル

 春の陽気に誘われて近所を散歩。早咲きの桜が咲いている。名前は「陽光」アマギヨシノとカンヒザクラの交配種らしい。

005

更に大森駅方向に歩いて行くと鳳神社がある。ちいさな神社だ。

003

横に廻るとこの神社のコマーシャルが壁に書いてある。

0011

30年間このキャッチフレーズは一度も変わっていない。何故かお気に入りのセリフである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不景気というけれど

 国際協力機構JICAに勤める友人に聞くと不景気になると社会貢献しようとする人が増加するのだという。青年海外協力隊の会員は不景気で職が探しにくくなると応募者が増えるそうだ。

2008年度のCO2の排出量は国内素材産業の減産で前年度比約一割減となる見込みだ。これは国全体の削減目標の3割に相当するらしい。

2月にソウルを旅行した。その時お世話になった旅行者から同じコースが35%ほど安くなったので行きませんかの連絡が入った。3日間で19800円 航空運賃 ホテル代込の料金円高ウォン安のおかげとか。国内旅行も値下げが多いので行きませんかと誘われた。

不景気で何もかも暗い話題が多い。不景気だからよいことも探してみようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

池上本門寺の豆まき

池上本門寺は、日本プロレス界の創始者である、故・力道山が眠る土地としても有名だ。昭和52年に故・ジャンボ鶴田がお墓参りを兼ねて節分会に参加したことから、毎年多くの格闘家が池上本門寺の節分会に参列している。

002

今年も北斗 晶 佐々木健介 武藤敬司 近藤修司 のプロレス勢 輪島大士 竹原慎二など多くの格闘家が参列した。

006_2

奉納金三万円を奉納すると一般の人も特設台に上がり豆をまく側になれる。豆まきは五分ほどで終わる。五分間のために二時間前から並ぶひとがいる。よほどすることがないらしい。終了後みのもんたが振り込め詐欺について注意事項を呼び掛けたが大半の人は聞こうとしない。豆まきが終われば階段を下りさっさと帰るだけの感じ。

009

主催する側の意図に簡単には乗らないこの人たちは振り込め詐欺にもだまされない人たちなのだと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

風の盆歌

 ボン 30年来の友人。異業種研修会で知り合った。チームの最年少だったのでニックネームはボンとなった。メーカーの商品開発を担当していた彼が「梅毒の原因となるスピロヘータは顕微鏡でみると栓抜きの形に似ている」と主張したので我々のチーム名は「栓抜きチーム」となった。現在もこのチーム名は使われている。

若いころは富山から社用で上京すると「商品開発Photoのイメージが湧く」という理由で日劇ミュージックホールに行きたがるので度々一緒に 行った。商品開発とミュージックホールがなぜ関連するのか?いまだに本人からの説明はない。

現役である。出世や役職には無頓着の人のようだ。オフの時の彼の時間の使い方からそのことがうかがえる。蕎麦打ちは師範級の腕前である。奥さんが自分の打った蕎麦を食べてくれないので理由を聞いてみたら「蕎麦が嫌い」と答えたので饂飩打ちの勉強をするという心やさしいひとなのだ。

Photo_2 ボンの打った蕎麦、まだ食べさせて貰ってない。社交ダンス歴は20年。おわら盆・男踊りの段位も持っている。最近ではおわら盆エジプト記念講演に参加して 夕日のスフィンクスを背景に踊りを披露したようだ。

帰国後その時の体験を基に本を書いて国立図書館に寄贈、感謝された。

Photo_3

蕎麦打ち、おわら盆の踊りなどその多趣味を活かしたボランテイア活動にも熱心だ。団塊の世代の一つの生き方の手本のような気がする。彼の活動はブログに詳しい。「mikiosoba」又は「笑甲斐」でアクセス可能です。蕎麦打ち、おわら盆、社交ダンス、富山の暮らしに興味のある方一度アクセスしてみてください。

私個人は一度彼の打った蕎麦を食べてみたいというのがささやかな夢のひとつになっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

船の仲間からの召集通知

 30数年前、生産性の船に乗った。会社の違うメンバーと組んで10日間ほどの洋上研修。シンガポール、マレーシア、香港を訪れた。その時のグループが五年毎に集まっている。。第一回は奈良、琵琶湖、そして東京、神戸と続いた。集合場所は各人の住む地域を交代でめぐる、今年は富山から召集通知が届いた。7月、集合場所は富山駅前ドトールである。さて五年ぶりに会う仲間にどんな変化が起きているのか。今から楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ナタリーウッドのダンス

 昨夜は昔の仕事仲間との忘年会。先輩の最近の近況を聞くことができた。矢沢永吉のおっかけでコンサート三昧。日本経済新聞の購読を止めて経済情報を読まないようにしたらイライラすることが減ったらしい。リタイアしたら年金生活で大変だろうと他人は言うけど生活を切り替える必要はない。ゴルフも酒も控える必要は全くない。年を追うごとに体がついていかなくなり自然にゴルフも酒も少なくなる。帳尻が合うようになっているから心配無用とのこと。また会社生活で培った人脈を離れて新しい人たちの出会いで新鮮な刺激を受けているようだ。

立教セカンドステージ大学の仲間との出会いも新鮮な刺激がある。お互いの体験がことなるので時々言語が通じないもどかしさがある反面、思ってもみなかったものの見方、考え方に出会うことがある。Photo_2

前期千石教授の「生涯現役という生き方」の授業で「ウエストサイドストーリー」が上映された。その時のテーマは映画の背景に使われた現代アートの数々の解説だった。講義終了後仲間で飲み会。当時の各人の状況が次々と話されていた時、元ダンス教師のMさんからナターリーウッドのダンスについて解説があった。

Photo_3

「ナタリーが最初に踊るシーンと二度目に踊るシーンでは違う音楽が流れていた。それなのにナタリーは二度とも同じステップを踏んで踊っていた。たぶんナターリーは踊りが苦手で二つの違うステップを覚えられなかったのね」  一同唖然とする。プロはその細かいステップを見逃していない。Mさんのダンスの技術の高さが伝わってくる。この人とダンスシーンのある映画を見に行ったらどんな話をしてくれるのか想像するだけで楽しくなってくる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

我が家のネコたち その3 くろ

くろ 1歳6か月 メス 我が家の暴れん坊将軍 朝4時半ごろから朝食を要求し 大声を出している。朝昼晩と食事時間の一時間前から鳴いている。目下の関心事は食べることのみ。長老のとらの食べ残しもあっという間にかすめとって胃袋に収める。人間さまの食べ物も食卓に置き忘れたりすればくろのものとなる。

004_2

長老のとらの居場所、カミさんのベッドの上、居間のソファーの日当たりの良い場所、家族を見渡す食器棚の上を次々に侵略し、戦国時代の信長のように振舞っている。警戒心が強くめったに近づいてこない。食後、機嫌の良い時はカミさんの膝の上で寝ることもある。当然私のことは完全無視の状態である。

ところがカミさんが買い物などで家にいないと態度が豹変する。居間で私と二人きりになるとおどおどして目がうつろである。五分もしない内に居間から脱出して一階の部屋に逃げ込んでいく。探しにいっても何処かに隠れたまま姿を見せない。カミさんが帰宅するとすぐに居間に現われて悠然と歩き廻る。

裏表のあるひじょうにわかりやすい性格のねこなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

11月22日いい夫婦の日

 この時期行われる各種の「夫婦調査」をみると男性軍不利の内容が多い。「夫婦一緒の時間を充実させたい」と思う夫は増え続けている。ところが妻の方は減り続けている。(天声人語)立教セカンドステージ大学のクラス仲間本田さんは「今日は休講だ」といったら「あら今日は家にいるの?」と奥さんにガッカリされたそうだ。すべての原因は夫の日常の行動にあると指摘する人がいる。住友信託銀行・リチャード・ジニエスさんだ。住友信託銀行が2000年から実施している1枚のハガキにつづった「60歳のラブレター」キャンペーン。応募されたラブレターを一冊の本にまとめ、「60歳のラブレター」として刊行している。ジニエスさんはこの本の英訳をされている。60 

ジニエスさんはわがセカンドステージ大学の坪野谷雅之教授の長年の友人である。坪野谷教授の「セカンドステージに役立つ経済と文化」の講義にゲストスピーカーとして教壇にたたれ英訳の経過を話された。そのなかで「外国人から表現が乏しく個性がないといわれがちだが60歳のラブレターの英訳を通じて日本人が感情豊かで短い言葉で思いを見事に伝える能力があることに驚かされた」と言う。それに続けて「でも60歳のラブレターを書いた男性はその想いを40年~50年に一度しか妻に伝えていない。なぜもっと頻繁に奥さんにその想いを表現しないのですか?」と日本の夫たちの怠慢を指摘された。

この話を家に帰って奥さんにしていると「次は何が壊れるのかなー」と言う。006 我が家では最近洗濯機、冷蔵庫、パソコンが次々と故障して買い替えた。彼女の関心はそこに集中している。「次はオレが壊れるかもね」と応えると「そうかーお父さんはもう修理不能だから買い換えるしかないね」とのたまう。男性軍我が家においても圧倒的に不利な状況にあるようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シニアベンチャーの活用方法

 小売業が元気がない。大型店出店にブレーキがかかっている。1-9月の前年同期比で4割の減少の見込みのようだ。全国の商店街も80%が空き店舗を抱えている。そんな中で元気な商店街の話を聞いた。坂本光司法政大学教授の率いる「法政大学院商店街問題研究会」の「この商店街はなぜ繁盛しているのか」の講演。全国で元気な50の商店街の調査研究結果である。ユニークなショップ紹介の中に滋賀県長浜市長浜商店街の「プラチナプラザ」の紹介があった。定年退職後のシニアたちが50000円を出資して起業したショップである。「おかず工房」「野菜工房」「リサイクル工房」「井戸端工房」の四つの工房がある。Photo

「おかず工房」はまちなかでおふくろの味を100円~150円で売っている。「野菜工房」は郊外で菜園をもっている人と契約して販売をする。「リサイクル工房」に1000円で売る物を持っていくと30%手数料で販売してくれる。「井戸端工房」は地域のひとが集まる喫茶店。この工房は独立採算制なので時給100円という時代もあったらしい。もちろん時給1200円の時もある。長浜商店街では20店舗ほど空き店舗を抱えていたが「プラチナプラザ」開店後すべての空き店舗にテナントが出店したという。全国の空き店舗の解消へのヒントになるのではないか?

高齢者社会というと「介護」「年金活用」がお決まりのテーマのようである。そのことも重要なテーマであると思う。しかし高齢化社会の最大のテーマは元気なシニアたちがイキイキと活躍できる場の創出にある。誇りを持ってシニアたちが尊敬される場づくり,定額給付金より優先するべき緊急課題ではないか?その方向に先例をつくった長浜商店街のシニアのみなさんの知恵と行動力に乾杯。

もうひとつ紹介したい、「高齢者にやさしい商店街」をコンセプトにする東京品川区の中延商店街のユニークショップ有償ボランティア「街のコンシェルジェ」の活動。

Photo_2

活動内容は

2

利益優先の大型店にはできそうもないという点で商店街活性化の必須アイテムになる可能性があると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

軽い言葉、重い言葉

 一国の総理が「全員に給付を」と発言した。即座にその閣僚が「所得の高い人には制限を」という。総理の言葉のなんと軽くなったことか。「何で謝る必要があるの?」と言っていた兵庫県の知事が昨日「深く反省します」と一転した。中国の有害成分の混入に関連した輸入元の社長が「特別にどうってことない」と発言した。政治家も経営者も言葉を大事にしない時代である。

Image_2  11/12(水)  八十年程前、自分の言葉に哲学を持ち言葉を深く追求した一人の詩人の話を聞く機会があった。立教セカンドステージ大学千石英世教授の合同ゼミ「芸術と心象風景」講演会である。

教授はアメリカ文学者、1983年「ファルスの複層-小島信夫論」で群像新人賞受賞、文藝評論でも活躍、村上春樹を批判的に論じた「アイロンをかける青年」も有名である(ウィキペディア)

当日のテーマは「宮澤賢治論」である。1926年賢治は自分の芸術についてのマニュフェストを「農民芸術概論綱要」として宣言する。2 その中に

・・・われらのなかで芸術家とはどういうことを意味するか・・・

を読むと

   職業芸術家は一度亡びねばならぬ

   誰人もみな芸術家たる感受をなせ

   個性の優れた方面に於て各々止むなき表現をなせ のくだりがある。

それぞれの専門分野で「これしかない」という言葉で表現せよと言っているのだ。千石教授はまた五行の詩『夜の湿気と風がさびしくいりまじり』を紹介する。

  夜の湿気と風がさびしくいりまじり

  松や柳の林はくろく

  そらには暗い業の花びらがいっぱいで

  わたくしは神々の名を録したから

  はげしく寒くふるえている

 教授はわれわれにこの詩の習作第一稿を紹介する。最初賢治は二十行の詩としてこの作品を書いている。第二稿も二十行の詩であるが一語一語の表現が変わっている。第一稿、第二稿を経て最終五行の詩ができたのだ。

彫刻を刻むように なんどもなんども一つ一つの言葉の角度を変え、無駄な部分を削り取る 賢治の作業工程を明らかにしてみせてくれる。その推敲のプロセスに言葉の重みが伝わってくる。

 講演終了後 受講生仲間と飲み会に行く。「いい話だったね。得をした気分になった」といったのは銀行出身の須藤さん。「大学の講義はこれだよね」といったのは立教大学文学部卒の元ダンス教師の武者さん。「へえーそうだったのかという話に会うとうれしいもんね」と私。セカンドステージ大学の二つの楽しみ。いい講義に出会うこと。そのあとそれを話題に仲間とディスカッション?(飲み会)ができること。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

我が家のネコたち その2 しろ

 正式な家族の一員ではない。一日に二回食事のために我が家に立ち寄る。夜はカミさんの手作りのネコハウスで寝ている。雨の日や寒い日は日中でもハウスにいることがある。準家族。外猫である。

009

野良猫の鏡ともいうべき日常行動である。朝、我が家で食事をすると、半分ほど残してどこかに出かける。近所のネコ好きの家にいくらしい。そこで我が家よりもおいしい餌にでくわすと我が家の残りの食事には手をつけない。野良なのにグルメな猫なのだ。とらと違って人見知りしない。こちらをみかけるとお向かいの塀から飛び降りてきて足にまとわりついてくる。我が家の人にだけかと思うとそうでもない。誰にでも人懐こい素振りをみせる。とらについで通る人たちから声がかかる。そこでも何か餌をもらう時もある。そういう訳で我が家の三匹の猫の中で一番太っている。グルメでメタボな猫なのだ。メタボつながりで我が家では私が一番しろと仲が良い。ベンチに腰かけていると隣にすわって、私と一緒に通る人たちをながめている。

人間のデブと猫のデブが並んで座っていると通行人は何を考えるのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学士会館の結婚式

11/1神田錦町の学士会館の結婚式に出席する。新婦と同じ職場で働いたのが縁で招待された。また1969年新婦の父上と同期入社で東急ストアに入る。親子二代にわたる付き合いだ。

250pxgakushikaikan_1

今風の結婚式は仲人は立てない。司会者はプロというやりかたが定着したようだ。いろいろなしがらみがめんどうだと考えるとこうなるようだ。すっきりしたやりかただと思う。しかし昔のように新郎の友人が慣れない司会で真っ赤になりながらがんばるやりかたにも味があったんだけどとも思う。

200811011335001

| | コメント (0) | トラックバック (0)

我が家のネコたち その1 とら

とら(男)。我が家のネコの中の最長老である。13年前に来たころは2.3才のイタズラ盛り、近所の屋根、ベランダに飛び乗って暴れ回ったので苦情が続出。仕方なくつないで飼うことにした。

007

10年以上道路にでて周囲を見渡す日々が続いたので彼のファンは多い。猫好きの人たちは話しかけたり、時には隠れてエサをやったりしているらしい。時々食欲をなくすのは我が家の出す食事よりおいしい餌をファンからもらったときのようだ。近所のネコに対しては敵対意識をむき出しにうなったりするが何故かワンちゃんにはやさしい。以前シーズーと一緒にくらしたこともその原因かもしれない。家中の部屋をわがもの顔で占拠していたとらも年老いたせいか元気がなくなってきた。階段の上り下りが億劫そうだし、高いところへは飛び乗ることが出来なくなった。

          くつろぐとら

004

一年ほど前から飼い出したクロ(女)に自分の寝床をとられ 隅で寝るようになった。世代交代、自分を見ているようで身につまされる。年老いた男同志の友情の証しとして、時々クロに隠れてとらと私のふたりきりでマグロの刺身を食べることにしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ロジスティックス・プロジェクト

 2004年に大型の新物流センターを建設したプロジェクト・メンバーと懇親会。一年ぶりの集まりだ。2002年にプロジェクトが発足。それまでなかった新しいセンターを作りたいと国内外のセンターを見学した。イギリスでは 最大手のテスコ(日本にも進出している)やセンズベリーなどの物流センターも視察。それでも足りないというので、全員自費で韓国に飛んで、アポなしでテスコ、カルフールの物流も視察した。行動力あふれる面々である。

Dscf0204_2

Dscf0203

 プロジェクト解散後、各店の店長を指導する、店長学校の校長先生のような仕事についた人。関連会社の役員になったひと。デリカテッセン(惣菜)の担当部長、店舗の施設を管理する課長、継続して物流を担当している課長と様々な職務に代わっている。

 このメンバーの飲み会は昔話や観念的な話は一切しない。「どうすればお客様にもう一歩近づけるのか?」「センターの改善すべき点は何か?」「それをやった場合のコストバフーマンスは?」より今日的 実践的な話題が中心である。もう自分に関係なくなった話題、頼まれもしていないテーマを夢中でディスカッションする。ワーカホリックの時代は終わったという人も多い。しかし、仕事中毒と笑わば笑え、この人たちの熱気が逆風化の小売業前進のバネになることを期待したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

懇親会の後で

 7/11 第一食堂で セカンドステージ上期修了記念懇親会があった。学長以下教授陣、事務局のかたも参加されている。授業が終わっただけでこんな豪華なメンバーで懇親会が開催される、大変贅沢な気分になる

 一期生だけでなく後輩たちにもこのよき伝統を続けてもらいたい。終了後二次会のおさそいがかかる。みんな、なんとなくもっと話したいのである。「あっという間だったね」「アメリカ詩大変だったんだって?」「レポート終わった?」

なんということもない情報交換が続く。突然昔みていたテレビ番組の話題

になる 「シャボン玉ホリデー」「てなもんや三度笠 」 シャボン玉ホリデー

Photo_2「名犬ラッシー」「逃亡者」「ベンケーシー」「ララミー牧場」

「奥様は魔女」「夢で逢いましょう」なつかしのタイトルが次々と

あげられる。瞬間的にみんなが「きっと明日はよくなるさ」

と信じていた時代の気分がよみがえってくる。Photo_4       名犬ラッシー

細かい説明は必要ない。各人がタイトルを聞いただけで

ひとつひとつの番組をみたときの自分をイメージできる。

説明不要で時代を共有してきた 仲間とのやりとり。

セカンドステージ受講生の一番楽しい時間が過ぎて行く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

エキスパート倶楽部

6/6 PM6:30 池袋西口 やるき茶屋  三か月ぶりのメンバー飲み会。

Photo団塊世代の会社が全く異なるメンバーたちである。メンバーのひとりがIT企業に役員待遇で就職、その祝いを兼ねて4名が集合。

「どう新しい会社は?」

「うーんあまり仕事がないんだよね」

「やや浮かない顔つき」

「ひまで給料がもらえれば一番いいんじゃない」

「だってオレは仕事がしたいんだよ」

もうひとりは すこし前から中小企業の商品売り込みの仕事をはじめた。

「飛び込み営業なんかあって大変じゃない」

「なーに結構面白いよ。前の会社で部長から平社員に降格されたことがあってね。

ボーナスが130万円から27万円に減った時は苦しかったね。よーしと思ってか゜んばって3年で部長にもどったね、その時に比べれば今の方がらくらくだよ」

この面々は企業のなかで 課題を与えられて それが難しければ難しいほど やりがいを感じて突破してきた経験の持ち主だ。金だけもらって仕事としないということを潔しとしないひとばかりだ。この人たちがイキイキ ドキドキの 困難な仕事に出会うことを祈るばかりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学生専用ラウンジの使われ方

 立教セカンドステージ大学には学生専用のラウンジがある。大学の敷地内ではなく近くのビルの4階にある。テーブルが6つ、イスが24ほどゆったりとしたスペースである。

Dscf0011_2

 一番多い使われ方は授業のチーム発表の際の事前ミーテイングで、次の授業の予習がこれに続く。空き時間のひと休みも多い。

パソコンが3台。かなり使用頻度は高い。

Dscf0009_4 

掲示版には 個人から個人への連絡メッセージがある。Dscf0012_2

ゴルフ会への誘い。大学周辺のおいしくて安い店の食べ歩き

「グルメの会」の会員募集も。

英会話研修のお知らせも、セカンドステージの学生

専用で会費は無料。

絵画も飾られている。坪野谷雅之教授の所蔵品である。教授がイギリス留学時代に購入されたものである。

Dscf0013_2

この絵について 学生の関心事は この絵の鑑賞というより 「値段はいくらなのか?」恐れおおいのでこの質問がまだできない状態である。誰か飲み会のときにでも坪野谷教授に聞いてくれませんか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学内散歩

学内を散歩する。灰田勝彦の歌ったすずかけの道である

長嶋さんも歩いたにちがいない。

Dscf0047

| | コメント (0) | トラックバック (0)

費用はどのくらいかかるのか?

①受験料は10,000円です。

②受講料 は 登録料80,000円 受講料 250,000円 

合計330,000円です。 (三月と九月に分納することもできます。)

③講義科目は前期で 必修科目1科目、ゼミナール1科目 選択科目は12科目の中か ら5科目以上、上限なし。

なお 立教大学の学部学生向け教養科目から1科目受講することができます。

  教授陣のなかには 立花隆教授、松平定知教授

  などスター教授もいます。Image Image_2

| | コメント (1) | トラックバック (0)

第二次面接試験でのやりとりは?

面接試験日。2月24日 立教大学池袋キャンパスで実施。

試験直前に試験会場に案内される。各教室の入り口の横に3つイスがあり面接順に並んで待つ。面接開始。教室に入ると面接官が2名。ひとりは私と同年代。もうひとりは40代後半、老荘コンビです。

「お名前と当大学を受験した理由について話してください。」

( うーん、ここで正直に 会社を退職して ひまなので 時間つぶしになるかと思ってと言うわけにもいかず----)面接のための一般的回答で対応する。

「課題エッセイにも書きましたが昨年各大学の公開講座を受講しました。いづれも三か月から四か月の短期間の講座なので、じっくり勉強してみたいと思ったのが、受験の動機です。」

他には

大学の公開講座ではどんなことを勉強しましか?」

「今、関心のあることは?」

「入学したらどんなことを勉強してみたいですか?」などの質問がありました。

一番答えに困った質問は

「この大学で学んだことを 卒業後どう活かしていきますか?」

これには参った。二回ほど繰り返して聞かれたので、とうとう本音で答えてしまった。

「まだ入学してもいないうちから、卒業後のことを聞かれても困ります。」

次回は大学に入ると費用はどのくらい?について書きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

どんな試験なのか?

入学試験

一次試験と二次試験の二段階です。一次は書類審査,二次は面接。

一次は履歴書と課題エッセイ2500字以内。課題エッセイのテーマは

「志望理由を中心にこれまでの人生の振り返りとこれからの学び方」。自己紹介を兼ねて

わたしが実際に大学に提出した「課題エッセイ」の一部を掲載しておきます。

「私の大学志望理由」

 夕刊フジが創刊した1969年、林 周二の「流通革命」「問屋無用論」に魅せられて、スーパーマーケットに入社する。スーパーが「スーと出てきてパッと消える」と言われていた時代である。

営業店の経験を経て本社に配属、人事部門を12年間担当した。店舗拡大の時期で、年間400名の女子高生を採用するため、全国各地を訪問した。学校がどこにあって、校門から就職担当教師のいる進路指導室までどう行けばよいかについては熟知することになった。しかし、その地域の名所、旧跡を一度も見る時間がなかった。

「アメリカに学べ」を合言葉に欧米スーパーの視察が流行した時期でもあった。ウォルマート、アルバートソン、ターゲット、当時まだ日本にはなかった大型のショッピングモールなどを見学した。店内で全員が写真を取りまくるので店のマネジャーからの苦情が続出した。

 青木功がハワイアンオープンで優勝した1983年、営業部門に異動、このころ、会社改革運動の助っ人として、城 功さんに出会う。城 さんはIEの専門家で、イトーヨーカドー、イオン、ダイエーなどを指導した名コンサルタントだった。彼と展開した目的追及運動は社史に記されたほどの一大プロジェクトとなった。「この商品は何故この場所で売っているのか?」「何故この時期に売ろうとするのか?」「この商品にどんな価値を見つけたのか?

一連の質問を通して最後は我々の事業の目的、企業理念にまで追求は及ぶのだ。会議に参加した連中は知恵熱にうなされ、質問されて青ざめる社員も多かった。」

次回は二次試験の内容について書きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

はじめに

_edited      はじめまして

4月から新設された「立教セカンドステージ大学」に通います。

61才が見た「授業の中身は?」「教授はどんな人?」「学生食堂はうまいか?まずいか?」等々をレポートします。

とりあえずは入学するまでのことについて

 1 入学試験はどんなものか?

 2 大学にかかる費用はいくらくらいか?

  について 次回から書きます。

Dscf0052

| | コメント (0) | トラックバック (0)