授業

サクラサク

 立教セカンドステージ大学の入学試験結果が発表される時期になった。このブログが縁で知り合った人たちの数名がセカンドの入試にチャレンジし、その人たちから合格の報せが届いた。大学生活を存分に楽しんで欲しいと思う。

 今年から鳥飼久美子さんがセカンドステージ大学の教授陣に加わったようだ。鳥飼さんは19714月から19929月までの約20年間、ラジオ番組「百万人の英語」の講師を務めた人だ。この時代の受験生にとってマドンナのような女性だ。

 学生時代ラジオで鵜飼さんの授業を受け。今回直接授業を受けることが出来る感動を伝えて来た人もいる。

 面接試験の試験官の印象を細かく教えてくれた人も何人かいた。曰く

「質問の内容が具体的でわかりやすい」「回答者の意図を的確に把握できている 又はできていない」等々。

 セカンドステージ大学では面接する側もされる側も双方が相手方を評価していることが特徴だろうか? 面接官も油断できないのがこの大学なのだ。

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自分史の書き方

 自分史を書き始めたという友人と飲んだ。私がセカンドステージ大学で立花隆教授の「自分史」の授業をとったことがあるので書き方のコツを教えろという注文。

 コツはないが書く材料の集め方を話した。例えば高校時代、オリンピックがあったという記憶がある。そのオリンピックを手掛かりに当時の資料を集めてみるのだ。

 東京オリンピックは1964年に開催された。女子バレーは宿敵ソ連を破って優勝した。

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 マラソンはエチオピアのアベベが優勝、スタートでは競技場を一番最後に出たアベベが競技場に一番先に帰ってきたことを覚えている。

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この年ヒットした曲は明日があるさ(坂本九)、智恵子抄(コロンビア・ローズ)恋の山手線(小林旭)ウナ・セラ・ディ東京(ザ・ピーナッツ)

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映画は『飢餓海峡』内田吐夢監督。植木等の『日本一のほら吹き男』がヒットした。

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小説では

  • 愛と死を見つめて(河野実・大島みち子)[大和書房]

  • 徳川家康 全21巻(山岡荘八)[講談社]

  • おかあさん 全3巻(サトウハチロー)[オリオン社]

がヒット。商品では

  • かっぱえびせん[カルビー、50円] 
    <「やめられない、とまらない」というコピーで人気>

  • ワンカップ大関[大関酒造(現・大関)、85円] 
    <新幹線の開通やレジャーブームを追い風として、生産が追い付かないほどの超ヒット商品となった]

  • クリネックスティシュー[十条キンバリー、200枚入り1箱100円]

がヒットした年である。こうして東京オリンピックをキーワードにその年の出来事を振り返る。その出来事と自分の関係を思い出してみる。自分史の材料集めのひとつのやりかたである。

 かなり丁寧に説明したのだが、本人は鍋が食べごろかどうかに夢中でこちらの話を全く聴いていないようだ。

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期末テスト

 1/17(月)立教大学で期末テストがあった。

 寒々としたすずかけの径

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テストが終わって正門の前で千石ゼミの二期生と遭遇。

 「今日は何?」と聞かれたので

「文学の期末テストが今終わった」と答えると

「採点結果に対する幸運を祈ります」と言ってくれた。

私の普段の授業態度を見透かされたのだろうか?

家に帰って「今日は期末テストだった」とカミさんに話したら

「テスト結果が不良の場合、家に入れないこともあるのでそのつもりで」

と言われた。ここにも私の授業態度を熟知している人がいたのだ。

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千石英世教授の特別講義

 1月13日は後期千石ゼミの最終授業の日だ。ゼミ生に特別講義があるので、卒業生にも声がかかった。千石ゼミの人たちは心優しいひとが多いのだ。

 本日の講義テーマは「美とは何か?」 千石教授は英米文学が専門だが美術についても造形が深い。美について語った3人の言葉が紹介される。

 岸田劉生「美の本体」、フランスの哲学者アラン「芸術に関する101章」、「岡本謙二郎美術論集成(予定)」

 岸田劉生は「すべてよき美術には装飾がある(中略)そして美の形に現れる現れかたには装飾の意(こころ)が加わる。もっともその美がもっとも深く現れた領域にあっては、そこには絶している領域であるから装飾という感じを絶している。」

 美は装飾という形に現れるが、形に現れない深いところが大切だというやや禅問答的指摘だ

岸田劉生 『麗子肖像』

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 アランは「ミケランジェロが子供であったころ、古代彫刻をさかんに模写した、と伝えられている。このようにしてミケランジェロは愛と恩恵を欲しいままにしながら制作に励んだのである」

 要するにミケランジェロは 見える形だけでなく、手触りを通じて先人に学んだということだろう。

ミケランジェロ 『ピエタ』

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三つ目は美術評論家岡本謙二郎が徳岡神泉について語ったこの言葉。

「神泉の絵を見て、いつも思うことなのだが、華麗な色調の裏に、底冷えするような、ひえびえとしたものがある。ひきしまっている、というだけだはたりない。気品とか、鮮麗とか、はなやかさを持つ幽玄とか、普通いわれるものの、そのすぐ背後にひそかにかくれている、というより、そこまでしのびよってくる不気味なものの気配がある」

徳岡神泉 『椿』

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 三人の言葉に託して教授はあらゆる芸術を鑑賞する際の基本を語った、そのことはバウル・クレーのこの言葉に 要約できるのではないかと思った

「これまでわたしたちは地上にあって眼に見えるものを描いてきた。見ていたいもの、見てみたいと思うものを描いてきた。今日、わたしたちは眼に見えるものの背後にある現実をあらわにし、それによって眼に見える世界は森羅万象のうちにほんのわずかな例外にすぎず、そのほかにも表面には出ない数多くの現実が存在するのだという信念を表現するのである」 

 教授はアランの言葉を紹介するなかで、我々ゼミ生に対してさりげなく応援のメールを送った。ミケランジェロに関するエピソードだ。

 晩年に近いミケランジェロに向かって、ある人が尋ねた。

 「こんな雪の日に、そんなに急いでどちらにゆくんです」

 ミケランジェロは答えた

 「学校にゆくところです。なにかを習い覚えたいものですから」

 

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後期最終授業の日

 立教大学のクリスマスツリー、近隣の人も大勢見学にくる。この時期人気のスポットだ。

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 最終授業、教授から「メリークリスマス!ハッピーニューイヤー」のメッセージをもらって最終授業が終了する。正門のところで千石ゼミの二期生とばったり出会う。

「どう終了報告書は進んでいるの?」

「出来はどうあれ なんとか書き上げた」

「良かった。じゃあ後は家でのんびりだね」

「そうでもない。授業のある時は週三回学校に来ている。冬休みで毎日家にいるとカミさんの機嫌が悪い」

 我々の現役時代は企業戦士として仕事漬けの日々が続いた。家族は母子家庭状態。当然妻は夫を当てにできない。夫抜きで日々の家庭を運営するようになる。今更家で毎日過ごされてもという妻側の気持ちもわからなくはない。

「そういえば、授業のある日、「今日は飲み会だから晩飯はいらない」と言うとカミさんが「ああー良かった」と喜ぶね」

 そういうことなら お互いのカミさんの晩飯づくりの負担軽減のために二人で飲みに行こうということになった。

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美術史最終講義

 本日は美術史最終講義。

 レオナルド・ダヴィンチは自分のパトロンだったミラノ公ルドヴイードの妻と愛人の肖像画を描く。

 妻

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 愛人

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 この当時、注文主と妻の絵は客間に飾られた。愛人の絵は注文主の寝室に飾られたという。今それをすれば、奥さんは旦那をなぐり倒すに違いない。

 ラファエロが描いた教皇の絵。

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 後ろの二人は右側が次の教皇候補、左は次の次の候補を意味する。右側の男が教皇のイスにしがみついているのが面白い。教皇の右側に描いて欲しくて画家に金を出した人がかなりいたらしい。この教授のゴシップまじりの絵画の説明が聴けなくなるのが残念。

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コミュニケーションギャップ

 大学の文学の授業で「ウーン」考え込む場面に出合った。

夕暮れの立教大学クリスマスツリー

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 谷崎潤一郎の『細雪』の冒頭部分を若い学生が朗読した。旧かなづかいが読めない。例えば「さう」が読めない。また仮名つかいではないが「お白粉」も読めなかった。たまたまこの学生だけが読めないのではない。授業の後でまわりにいた3人に尋ねたら彼女たちも読めないという。古典を読めといってもなかなか読まない理由のひとつこういうことがあるのではないか? 

 私より15歳も年下の店長が「若い連中とカラオケにいったら、自分が全くわからない歌ばかり唄うので参った」と言うのを聞いたことがあった。

 ベテランの落語家が若い人が多い客席では「廓話」は殆ど通じないので演らないようにしていると言っていた。

 文化の伝承の基本ツールである言語がどんどん変化し、伝わらなくなっている。「異文化コミュニケーション活動」は国際的コミュニケーション促進の活動だが、その前に国内の「世代間コミュニケーション学」が必要なのではないか?

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世俗のヴィーナス

 本日の西洋美術史の授業は15世紀の絵画、天才ポッティ・チェッリの話。個人的な解釈も含めて「ヴィーナス」を解釈したい。もっとも有名なのは

『ヴィーナスの誕生』1478年

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もう一枚の絵は『プリマヴェーラ・春』1485年

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 『ヴィーナスの誕生』は「天上のヴィーナス」と呼ばれ、「美」をつかさどる。『プリマヴェーラ・春』は「世俗のヴィーナス」と呼ばれ「愛」をつかさどる。「美」を表すヴィーナスは裸、もう一枚の「愛」を表す天使の下にいる「世俗のヴィーナス」は着飾っている。真の美は何も飾る必要がないということだろう。

 「世俗のヴィーナス」のコンセプトについて解釈する。この絵はメディチ家の結婚を直前に控える若者のために描かれた祝婚の画だ。コンセプトは子孫繁栄だ。この時代「愛」の意味は現代とすこし意味がちがう。愛=子孫繁栄なのだ。右側の三人を見よう

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一番右の青く描かれたのは西風を吹かせ、春を運ぶ神だ。この神が妖精に抱きついている。妖精は妊娠している。花にたとえれば種を宿したということになる。一番左は妖精が変身した花の女神フローラ(種から花に)、この三人は「生殖行為」=「愛の行為」を表現しているのだ。

左側の三人はどうだろう

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三人の美神の一番右の美神は「純潔」を表現している。中央の美神は天使が矢で射ようとしている「結婚」を表現。一番右の美神はおなかが大きい「男を知った女」だろう。この三人の美神は「肉欲の世界」を表現しているのだ。

 この三人をヴィーナスが見守っている、左側の男、神の使いであるマーキュリーが天上を見つめている、そのマーキュリーを美神の中央の「結婚」の美神が見ている。このことで肉欲に溺れてはいけない、花嫁がどういう風であらねばならないかを表しているのだ。

 ギリシア神話の知識なしに、この絵をみて 「結婚は生殖という愛の行為であり、時として肉欲に溺れることもあるがそればっかりじゃいけないよという意味だね」とわかる人が居れば、その人こそ天才というべきだろう。

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中間テストの答え方

中間テストがあった。試験に臨む態度が若い時とは違ってきた。若い時は教授が出す質問の正解とは何かを答えようとしていた。今は少し違う、文学の試験ということもあるかもしれない。ここ数年でプロの作家たちと飲む機会が増えた。彼らは言う「創作する場合、ありのままの体験を書いて面白いと思うか? ありふれた体験など だれが金を払って読むと思うのか? 小説にはうそが必要なのだ」

さらに「ただしそのうそがうそだと見破られてはならない。そのためにはうそのまわりに詳細な事実を敷き詰める。この事実を書く部分に間違いがあると信用されない。ここはしっかり書く、見破られないうそを書く、それが小説なのだ」と

これを聴いてから文学作品を読むと、どこがうそでどの部分が真実なのかが気になるようになった。従って試験の問題に対しても、設問に関係なく作者が仕掛けたうそ、それをとりまく事実、作家が何故そういううそをついたのか? を答えとして書くようにしている。

採点結果については話したくない。

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立教セカンドステージ大学の募集概要

立教セカンドステージ大学の募集概要が手元に来た。Photo_3

この大学の特徴はゼミだ。学生たちが語るゼミの雰囲気をいくつか紹介したい。

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わが友はこの大学の最大のメリットは60才を過ぎて新しい仲間ができることと言った。

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