7/18「英語で味わう生きる喜び」渡辺信二教授の終了記念懇親会があった。その時の召集通知の文がこれだ。
書き手は 菊地さん 我がグループ3のリーダー的存在で英文の資料検索ではナンバーワンの人なのだ。
「図書館にこもり、書店で立ち読みし、インターネットで調べ、睡魔と闘いながら、何故この授業を選択したのかと自分の思慮のなさを呪い、渡辺教授の温厚そうな顔の裏に潜む したり顔を想像しては負けてなるものかと老骨に鞭打ち、時には冷や汗をたらし、時には涙し、されど担当が終わったときには安堵のため息ととともに、いやしくも大学という名前に相応しい授業はこのアメリカ詩だけだと啖呵を切った13回の授業も、いよいよ来週の金曜日をもって終わろうとしています。
これを機に、万感の思いを込めて打ち上げの会を開催したく、ご都合のつく方はご出席ください。もちろん渡辺教授もご出席されます。ご参加される方は、下の表にご記名ください。 」
17名の受講生を3つのグループに分け、毎週ひとつのグループが進行を担当する。
「詩の朗読」「詩に対する九つの質問」「作者の時代背景」「作品論」など、担当になったグループは70分間を自主的に運営をまかされる。教授は最後の20分間で講評する形式だ。懇親会では一人一人が授業を終えてのコメントが発表された。
「難しい詩を担当した時は徹夜してもその詩がわからなくてどうしようと思いました。でもグループの人から<努力してわからなければそれでいい>と励まされたことで続けることができました」とヒロ子さん。
「一人も脱落者を出すわけにはいかない。そういう思いで毎週文献を調べ、メンバーに配布して、これさえ読めば大丈夫と言い続けたんじゃ」
グループ1のリーダー、永遠の文学青年、キムジイのコメント。そういえぱこのチームは毎週毎週授業が始まる一時間前に全員が集合して事前ミーティングを繰り返した。このグループ1の姿勢は他のグループに大きな刺激を与えた。
「私たちのグループはひとり人数がすくないので、担当するボリュームが多く大変でした。
苦しかったけれど楽しい授業でした」図書館をのぞくと必ずたくさんの文献を机に山積みして、資料をまとめる彼女をみかけたものだ。資料の検索とまとめでは抜群の腕前を発揮してくれた 初枝さんのコメント
「私は詩を読んでも そのまま素直に読むので 九つの質問がなかなか湧いてこないので苦労しました。グループの仲間に助けられました。ひとつひとつの言葉を深く考えることの大切さを教えていただきました。この授業が終わってもアメリカの詩は読んでいこう
と思っています」と言ったのはその英詩の朗読の見事さを毎回教授に絶賛された静子さんだ。
「一番苦労した授業だった。一番楽しい授業でもあった。この授業が終わってもこのクラスで知り合った仲間との付き合いは続いていくと思う 」とコメントしたのは ヒロ子さんが
悩んだとき「わからなくてもいいんだ」と即座にサポートした池田さん。
全員がこの授業を体験するなかで、受け身ではない自ら課題にチャレンジする自分を再発見したのではないだろうか?
この懇親会の時、13回の授業のなかで発表した各受講生の「作品論」にたいして教授が添削した提出文が17名全員に返された。この添削には大変な時間がかかったと思う。
この添削文に添えられた 教授から受講生へのメッセージの一部を紹介しよう。
「正直言って、最初はちょっと心配でした。詩に関する質問から始めたと思いますか゛、今から思えば、きちんと文章語になっていない質問もあって、大丈夫かなあと思ったりもしました。でも、教員からのコメントや注意をクラス全体が受け止めてくれて、すぐにスムーズなクラス運営になっていきました。いえ、むしろ、じぶんたちで「クラスを作って行く」前向きな姿勢であったといった方が正しいでしょう。これが可能だったのは、全ての受講生に、知の飢えを満たそうとする確固たる意思が通低していたからです。
学びの内実については、詩について、アメリカについて、そして何よりも、自分自身について、何らかの発見がひとりひとりにあったと確信しています。また、グループやクラスとして、お互いに親しむことができたのではないでしょうか。これからの長い友だち付き合いも生まれているような雰囲気を感じます。
セカンドステージ大学の強みは、なんといっても、それぞれの受講生のこれまでの人生経験です。それがしかも、経歴として出るのではなくて経験として出るところに、文学のクラスの良さがあります。実際、クラスで発表される作品論や説明に、読みの深さ、鋭さ、独自性を感じることがしばしばありましたが、それは、それぞれの人生経験が反映されているからだと思います。
最後の授業でも言いましたが、我々が読んだ詩の中にある言葉、ある場面、ある箇所が刺激になって、ご自分の人生のなかの重要な何かを蘇らせたり、あるいは、その何かが琴線に触れてくるような読解をされてきたのではないでしょうか?それを、発表の文章や意見交換のなかに強く感じます。」
まだまだメッセージは続くのであるが一部のみの紹介にしておきたい。
「英語で味わう生きる喜び」の授業は、実は「英語で味わう死ぬほどの苦しみ」で始まった。懇親会の席でどなたかが「グループでやったから続けられた、ひとりだったらあきらめていたかも知れない」と言っていた。
「はじめはチームのみんなに迷惑をかけたくない」とがんばった。「後半は他のチームに負けない作品論を発表したい」と努力した。団塊の世代にとって組織=仲間はなによりも大切だ。その意識がこのグループ形式の講義にピタリとフィットしたのではないだろうか?ひとりひとりの悪戦苦闘、作品論が完成したときのよろこび、仲間たちの助け合いを通じて、クラス全員にとって「心に残る授業」になった。渡辺教授、クラスの仲間全員に感謝してこの項を終わりたい。
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