授業

風変わりな『セザンヌ解釈』

 修了論文で12人の画家を追っている。ルネッサンス以来の絵画は19世紀後半の印象派の時代から変革を起こす。セザンヌ、マチス、ピカソを経て抽象絵画のモンドリアンへ、いわゆる絵画の逸脱の歴史が始まって行く。当然論文の第一章第一項はセザンヌになる。

『リンゴのある静物』セサ゜ンヌ

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 56才の時、初の個展を開いた。遅咲きの人である。その過激な革新性のために当時の人たちになかなか認めてもらえなかった。革新的と言えば坂本竜馬がいる。この人勝海舟に出会い、早い時期から当時流行した尊王攘夷思想に無理があることを知っていた。土佐の仲間たちの前ではこの考え方をおくびにも出さない。彼らは尊王攘夷で凝り固まっていたからだ。「いってもわからないやつに黙っておこう」と思ったのだろう。竜馬ずるいのである。

 セザンヌは性格からかそういう立ち回りができない。自分の信ずるところを作品によって堂々と主張し、当時の多くの人たちから非難される。不器用な天才というべきか。その作品はくめども尽きぬ深さがある。現在さまざまな解釈がされ、その書籍も多い。

 池袋で青空古本まつりが開催されている。

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 古本屋めぐりは探していないのに必要な本に出会う楽しみがある。ここで『セザンヌ解釈』シドニー・ガイスト著に出会う。セザンヌの絵を性的な角度から論じ一大スキャンダルになった本だ。こちらはすでにセザンヌの項を書きあげてマチスに入っているところ。もう少し前にこの本に出会っていたらと歯ぎしりする。2万字が目安の論文に2人の作家ですでに一万字を割いてしまった。書き足す余裕もない。まして今はマチスで頭はいっぱい、セザンヌに戻っている場合ではないのだ。で、結局本を買って読んでいる。論文はストップしている。セザンヌ不思議な磁力を持つ作家なのだ。論文はどうするのかって? 後は野となれ、山となれの心境なのだ。

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悩みの素はマティス

 修了論文のテーマは「現代アートは何故わからないのか?」第一章はその原因を作った3人の真犯人、セザンヌ・マティス・ピカソを追っている。まずセザンヌの犯行手口は解明できた。次はマティス、色の魔術師と言われた人なので、色に関する犯行を追っているところだ。

 この人長命の人で85歳まで生きた。めでたいことだと思う。それは良いことなのだが、当然作品の数は多い、その上年代によって作風がコロコロ変わる。どうとらえるか?最近は色のことで頭がいっぱいになっている

 「立川ルミネ芸術祭」近隣の美術学校の生徒たちが出品しているらしい。のぞいてみるとお気に入りの作品に投票して欲しいという。投票したのがこの作品。武蔵野美術大学。三年の土田さんの『イノセンス』なにかやさしい作品ということもあるが、モノクロで色がないのが気に入った。

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60歳のラブレター

 1枚のハガキに夫から妻へ。妻から夫へラブレターを書く。住友信託銀行が2000年から実施しているキャンペーン。応募されたラブレターを一冊の本にまとめ、本にする。今年で9冊目になる。今年は7158通の応募がありその中から151通が本としてまとめられた。その151通の中にわたしが応募したハガキも選ばれた。著作権の関係で内容はここに書くことはできない。わたしの作品はこの本の217ページに載っている。関心のある方は立ち読みしてください。NHK出版から発行されている。

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 応募のきっかけは立教セカンドステージ大学の昨年の後期の授業である。「セカンドステージに役立つ経済と文化」坪野谷教授の授業に教授の長年の友人であるリチャード・ジニエスさんがゲスト・スピーカーとして教壇にたたれた。リチャード氏は日米の文化の違いについて講義されたのだが、その時、例に出されたのがこの「60歳のラブレター」だ。リチャードさんはこの「60歳のラブレター」の英訳を担当されている。講義の最後に「恥ずかしがらずに応募してみませんか」と受講生をけしかけた。

 その声に押されて最初で最後のラブレターを書いた。本になったラブレターを同居人に手渡した。本を読んだ同居人は「うそばっかり書いて」といったがなんとなくやさしい顔つきになっている。坪野谷教授、リチャードさんのお二人の感謝したい。

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学びのこころ

 「船の窓枠をスケッチするんだけど、冬は手がかじかんでね、時間がかかるんだ。」青函連絡船の窓枠の殆どを設計したOさんが懐かしそうに話す。現役時代、入社以来設計畑一本やりで進んだこの人も青函連絡船の縮小にともない。営業に転じる。たくさんの苦労があったと思うが「みんなそうだったんだ」とさらりと話す。

 退職して5年間は何もせずリフレッシュに専念したらしい。6年目からマンションの管理人として働き、同時に区の民生委員、青少年教育委員を引き受け、見守り、巡回と忙しく過ごしている。

 「そんなに忙しいと遊ぶ暇がないね」「そうでもない短歌の会に入っていてね」エンジニアと文学の意外な組み合わせ。こちらも立教セカンドステージ大学で文学、美術系の千石ゼミで勉強していることを話す。「いいなあ、おれも行ってみたい、若い時は文学が好きでね、でも飯をくうためにはそんな贅沢を言ってられなかったよ」

 Oさんの為に来年のセカンドステージ大学の入試要項を取り寄せる手続きをした。セカンドステージ大学の存在を知らない人は多い。存在を知っていてもその講義の内容まで知っている人は少ない。シニアたちの「学びたい」という思いに ゛巷のカルチャーセンターと異なり本格的に学びの機会を提供するこの大学の内容はもっと知られて良い。

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夏休み中のミーティング

 立教セカンドステージ大学は夏休み中である。ミーティングは池袋西口の居酒屋、五時半開始。茨城県から、埼玉県から、川崎から、府中から、都内在住2名、計6人が出席する。授業がある時より出席率が良い。そうとうやることがないらしい。本日の議題はYさんの「絵画卒業三部作」のうちの二作目「阿修羅像」の講評会である。製作に2か月間がかかった力作である。第一作目ピカソ風のコラージュ。今回の作品がこれだ。

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 阿修羅像の周りに梵字が書かれている。赤字から左周りに「いけ」「すき」「すと」「やま」「ほま」「むし」と読める。「いけちゃんがすき、蔵にストックしてある小判をやまほどあげるからほんまに愛してなむし」というラブレターであると解読してみた。

 本人の解説はこうだ。「すき」は杉山。「やま」は山本。「ほま」本間、この字を組み合わせた暗号なのだと主張する。これをある配列にすると山本が立像としてたちあがってくるのだという。しかし、二ヶ月間かけて考えた結果がこれらしい。三作目もあまり期待しないで待つことにしよう。

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千石ゼミ合同授業

 7/15立教セカンドステージ大学前期授業最終日である。

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千石ゼミで本科、専攻科の合同ゼミがセントポール会館で行われた。

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 千石ゼミは本科10名、専科8名計18名、普段は別々にゼミを開催している。前期最終ということで合同開催となった。はじめの1時間は本科。専攻科別々、その後合同になる

 今は各人の修了論文のテーマ決めの段階である。

  ①何をテーマとするか?

 ②なぜそのテーマに取り組むのか?

  ③全体の構想は?

  ④ そのテーマにどう切り込んでいくのか?

 各人のテーマ発表に応じて千石教授からアドバイスが飛ぶ。

  「こういう文献があるが」

  「この美術館には足を運んだのか?」

  「この人の評論は目を通したほうがいいのでは」

 教授の博覧強記のマシンガントーク、あれよあれよという間に読むべき資料が増えていく。受講生は途方にくれることになる。

 現役時代、マーケットリサーチを担当した。もっと時間をかけて調べるべきと思っても期限がある。そこそこの調査で仕上げることになる。それが習慣になってくる。修了論文もある程度の調査で切り上げて。作成にかかろうとする自分がいる。

 千石教授はそれを見透かしたように

 「どうせやるならとことんやったらどうだ。自分の限界を見極めるのも

 修了論文に取り組む意味のひとつではないのか?」

 と問いかけているようだ。

 「そんなにいうなら、こっちだってがんばるもんね」と言う気分になってくるから不思議である。

 言い換えれば教授が問題を投げかける。受講生がそれを解いていく。千石  ゼミはそんなゼミである

イベントのお知らせ

 7/31、池袋西口広場で開催される イベントに千石教授も出演される。

東京芸術劇場日比野克彦アートプロジェクト「ホーム→アンド←アウェー」方式[But-a-I

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7/31(金)15:3017:30
講師:日比野克彦(アートプロデューサー)、万田邦敏(立教大学現代心理学部教授、映画監督)、
司会)千石英世(立教大学文学部教授、文芸評論家)
申込不要 100
雨天時は、東京芸術劇場中会議室に変更になります。
お問い合せ:立教大学 生涯課 Tel.03-3985-2634

場所 池袋西口広場

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現代アートがわからない

 現代アートがわからないという人は多い。同感である。昨年も今年も千石教授の授業の一環で現代アートを森美術館で観た。しかも教授の同行で解説つきだ。しかし教授には申しわけないがわからないものはわからないのだ。こうなったら意地である。「わかるまで現代アートを見続ける」を当面のテーマにしている。

 千葉県佐倉市の川村記念美術館に行く。京成佐倉駅から無料の送迎バスが出ている。3万坪の庭園内の中にある。散策がたのしい美術館だ。

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ルノワールのようなクラシック絵画もあるが中心は現代美術だ。

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 今回の企画展示はマーク・ロスコ アメリカ抽象表現主義の巨匠、もともと川村記念美術館はロスコの作品を7点所蔵している。今回はイギリス、アメリカから9点をとりよせ、計15点を展示している。15点が一同に集められ、展示されるのはこれが最後になるかもと言われてロスコをよく知らないが観にいった。

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 『壁画 NO4のためのスケッチ』 赤い窓枠から窓の外が暗く見えるように見えるがよくわからない。これだから抽象絵画は困る。こっちは大森から2時間かけて、電車賃まで使って、入場料1500円も払った結果よくわからない絵に出会ってしまったのである。絵に文句を言ってもしかたがないが昨日もカミさんから「毎晩飲み歩いて無駄遣いが多すぎる、学業に専念しなさい」と教育指導を受けたばかりである。時間と金 をかけてよくわからない絵を見てきたなどと口が裂けてもいえる立場ではないのだ。

 仕方なく指でカメラを作ってこの絵をのぞいてみることにした。すると突然この絵が違って見えだしたのである。はじめこの絵は夜中に、家の中から外をみているように見えた、赤い枠は窓枠、その枠の中の黒は外の暗さを描いたように見えた。しかし指カメラから見えたのは全然違った光景なのだ。

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 両側に掛けられた黒いカーテン、その間から見える赤い灯りのように見えた、指カメラを通すと全く違う光景の絵が飛び出してきたのだ。

 将棋の対局でプロの棋士たちは、いき詰まると突然立ち上がって相手の側にまわって上から将棋盤を見ることがある。みる角度を180度変えることで違った局面が見えることがあるという。ロスコの絵はこれに似ている。角度は変えないが指カメラという補助線をつかうと全く違った絵にみえるのだ。一枚の絵が二通りに見えるのだ。

 ロスコの絵はその深く落ち着いた色づかい、絵の雰囲気から「瞑想する絵画」と呼ばれる。この絵から受けた私の感じは「問答する絵画」である。

 ロスコはこの二通りに解釈できる絵によって「あなたが毎日見ているものを一つの見かただけで解釈していませんか?すこし視点をかえるだけで見えるもう一つの意味を見過ごしていることはありませんか?」と見る側に語りかけているのだ。もちろんこれは私流の勝手な読み方である。ちがう解釈もあるかもしれない。しかし千石教授いわく「現代アートに一つの正解はない。観る人それぞれの解釈があって良い」と。全く同感である。

 こう考えている内にロスコの術中にまんまとはめられたことに気がついた。あれこれ考えている内にこの絵の前20分間も立ち続けていたのである。一枚の絵を20分も見たのは始めてのことだ。ロスコの狙いはこの絵の前にいる観客を考えさせ、足止めすることにあったのかもしれない。

現代アートはわからない。しかしこの絵に出会って現代アートの入口の入口に立てたような気がした。

 美術館の中でバッタリとセカンド大学の教授に遭遇。昨年前期受講した。あれから8か月、学内であってもおかしくないはずなのにこんなところでという感じ。しばし歓談。なお教授も私と同じように授業をさぼってこの美術館の見学にきているかもしれないのでブログでは名前は伏せることにした。

 

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黒澤明『羅生門』

 5/8仲間うちで各人の修了レポート審査会があった。会議の場所はもちろん居酒屋である。第2回目は「複数視点からの表現に挑戦した3人の作家たち」の表題をつけた私の作品が対象となった。三人の作家の一人に黒澤明を取り上げた。特に『羅生門』を中心に論じた。

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レポート内容の一部を紹介する。

5  ラストシーンが告げること

この映画のラストシーンは羅生門の下に捨てられた幼児を育てる決意をした焚き木売りが幼児を抱いて家路に向かうシーンで終わる。この時焚き木売りは画面に向かって真っ直ぐに歩いて来る。そこでエンドマークが映し出される。エンドという言葉の意味は終わりを示すと共に分担、受け持ち分、役という意味も合わせ持っている。焚き木売りの抱える幼児はこの物語そのものと解釈できる。黒沢はラストシーンで「この物語の前半は終了した、これからは観客のあなたにこの物語の続きを受け持ってもらいたい。検非違使の役のあなたがこの事件を解決するのだ」とメッセージしたのである。

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羅生門オープンセット

 これに対する美大出身でエンジニアのYさんのリアクションペーパーはこうである。「羅生門は財産で建てた豪邸と朽ち果てた心の醜さを象徴しているのだ。更に焚き木売りに抱きかかえられた赤ん坊は、醜さの対極にある純真無垢を象徴し、土砂降りの雨によって愚かなこころが清められることを望んでいるのだ。・・・・」

 お気づきだろうか?私のレポートにはラストシーンに雨が降っているとは一言も触れていない。Yさんは「土砂降りの雨」と書いている。

 Yさんは私のレポートを読みこんだ上、更に原典となった『羅生門』のDVDを見ているのだ。そのうえでリアクションペーパーを書いているのだ。この一行に議論に臨む態度をあらためて教えられた気がした。

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森美術館・万華鏡の視覚

 現代アート展「万華鏡の視覚」を森美術館を見に行く。写真はジョン・M・アームレーダー。1948・ジュネーブ生まれ・ニーヨーク在住の作品。ミラーボールが6個づつ平衡に並べられ、そこに12個のライトが当てられている。観る人の光と影の感覚を刺激することが狙いの作品のようだ。

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 この部屋に入いるとすぐ、大学の友人でカメラの達人でもあるSさんが「あーMさんも連れてくればよかったね」と言い出した。Mさんは3月に行われた大学の修了パーティのイベントで我々にダンスを指導してくれたプロのダンス教師で、受講生でもある。ダンスパーテイでは予算の関係もありミラーボールを1個しか設置できなかった。ダンスパーティは大成功したのだが1個のミラーボールでは雰囲気づくりがいまいちであった。12個のミラーボールを見てSさんはその時のことを思い出し、これだけの数のミラーボールがあればMさんが喜んだだろうと考えたようだ。

 アラカン世代は芸術作品を前にしても、きわめて世俗的話題に終始するのだ。もっとも芸術がよく理解できないこともあるのだが。

 入場料の話をしよう。今回は大学の仲間23人と一緒に美術展に来た。団体割引と学生割引で1500円の入場料が900円になった。これだから学生稼業は止められない。千石ゼミの仲間のKさん(女性)は「昼食代が浮いた」と大喜びしている。

 見学が終わり中華そば屋に入る。Kさんのオーダーは「チャーシュー麺、ただしチャーシューを入れないでそのかわりメンマを多くしてください」となる。Kさんは菜食主義者のようだ。豚肉を外すことは理解できる。しかし何故チャーシュー麺なのか。ラーメンでも良かったのではないか?チャーシュー麺の場合、何枚ものチャーシューを取り除く手間が発生する。ラーメンならせいぜい1枚のチャーシューを外せばこと足りる。「チャーシュー抜きチャーシュー麺」Kさんは謎の多い人物であることは間違いない。 

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修了レポート審査委員会

  本科の期末に修了レポートを提出した。ゼミの教授にアドバイスしてもらいながら青息吐息で15000字のレポートを書きあげた。飲み会の仲間からみんなの修了レポートを読んでみたいとの意見が出た。このチームは4つのゼミから構成されているので各人がどんなレポートを書いたのかがわからないのだ。昨日第一回目のレポートがメンバーに配布された。読み手に課せられたルールは二つある。一つ目はレポートに対する意見は必ず書面で提出すること。レポート作成者の苦労を考えれば、さっと読んで口頭でコメントするのは失礼である。じっくりと読み、リアクションペーパーを提出することが読み手に義務づけられている。

 二つ目はリアクションペーパーに最低限書くべき項目である。①はその論文の優れている点.②はこの論文に不足する点 言い換えれば「こうすればもっと良くなる」この2点を書くこと。単なる褒めあい大会にしないことである。この審査委員会のメンバーは常々相手の容姿、性格、カラオケのうまさなどに関する遠慮会釈のないコメントを展開する。論文に対してどんな辛口批評が飛びだすか、次回の審査委員会(飲み会?)が愉しみになってきた。

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立教セカンドステージ大学の学び方 2

 同じゼミの受講生がこう言った「みんなの修了レポートと比べて私のレポートはまるでだめな内容で論文になってもいない。調べた内容も浅くて今すごーく落ち込んでるの」私応えて曰く「セカンドは他人と比べるために学ぶ大学ではないと思う。レポートも教授の評価もあるけれどまずは自分自身で評価することが一番ではないか?

 「以前勤めていた会社のスローガンに『豊かさを求めて』というのがあった。10数年して『豊かさを深めて』に変わったことがある。『求めて』と『深めて』はどこがどう違うのかが議論になった。『求めて』の言葉には量や額を追求するニュアンスがあり、他と競争するイメージがある、『深めて』は品質を追及するニュアンスで他人と競争することではなく自分の会社をどう深めるかというイメージではないかというのが結論だった。

 『求めて』と『深めて』を大学の学びに当てはめると、若い学部生たちの学びかたは『求めて』で 立教セカンド大学の受講生学びかたは『深めて』ではないか? 若い学部生は就職のことを考えれば成績優秀の方が有利になるのは当然である。「優」の数の多さはそのまま就職活動に影響する。他の学生との競争も自然に生まれてくる。セカンドステージの受講生にとっては 成績が優秀かどうかが唯一の価値観になることはない。自分の受けている授業を受講するなかで自分自身が前に進んだのか?他人と競い合うことではなく自分を深めることが出来たのか?が価値の物差しとなるのではないか?

 自分のことで言えば若い時に大学で学んだのは『経営学』、会社も販売業だったので経済関連の知識が勉強の対象だった。セカンド大学では 文藝を中心に受講している。ゼミも文藝である。従って若い時から文芸を勉強した受講生にはその知識や表現では遠く及ばない。修了レポートもそういう人たちと比較すれば大きく開きがある。

 それでも授業の中で現代アートをどう解釈すべか?モダン派の作家たちの作品はなぜ難解なのか? 絵画を読み解く切り口はどんなものがあるのかを学ぶことができた。わずか一年間の授業であったが 「文藝を愉しむ」「読み解く」ということの入口付近に立てたような気がしている。そしてこの入口付近に立てたこととが自分を深めたということだと考えている。我が仲間たちはどう考えるのか一度聞いてみたいと思う。

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入学式は春爛漫

 4/4 立教セカンドステージ大学の入学式。学内の桜は満開。各クラブは新入生の勧誘でにぎわっている。

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 入学式は一期生、二期生150名でチャペルで行われた。受講生、その娘さん、そのお孫さん三代での入学式への参加はセカンドステージ大学ならではの風景といえる。開始直前に駆け込んだ受講生に教授が「○○さんここが空いているよ」と声をかける。セカンドステージ大学の特徴は少人数の受講生であるため受講生と教授陣のコミュニケーションがより深いことだと思う。ほとんどの教授が受講生を名前で呼ぶことが多い。江戸時代の寺子屋にも似た関係の密度ではないだろうか。

 入学式の後は履修ガイダンス、2年目とあって説明する教授、聴く側の受講生ともゆとりが生まれている。終了後入学祝いと履修科目検討のため、ビール付きミーティングに入る。昨年会社とかけもちで授業を受けていたSさんがこの三月で無事退職したとの報告を受ける。本人はこれで心おきなく勉強に専念できると喜んでいる。

 それを聴いた取手在住のYさんが「退職祝いをしよう」というので一同大賛成する。Yさんは店員を呼んでなにやら注文している。しばらくして、めざしが3匹運ばれてくる。Yさん一応尾頭付きで退職祝いのつもりらしい。しきりにSさんにすすめている「お祝いだから全部食べていいよ」しかも会計はSさんも含めたワリカンである。

 立教大学の建学精神、「愛と正義と倫理とモラル」からほど遠い面々が我が仲間たちである。専攻科の1年間でこの人たちが少しでもまっとうな人間になれるよう祈るような思いである。

 

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修了式後の最終講義

 3/23は立教セカンドステージ大学の修了式。本科を一年で終え、大学を卒業し社会に戻る人、さらにあと一年専攻科に進学するひと、さまざまである。教会での修了式、その後は受講生が企画した手作りの修了パーテイが第一食堂で開かれた。イベントの目玉は全員参加のダンス大会。受講生の中の元プロのダンス教師がリード役を務めた。生まれて初めてのダンスと言う人も楽しそうに踊っていた。修了式、修了パーテイこれを持って一年間が終わった。

 パーティ終了後、送別会に参加する。前期の授業「英語で味わう生きる喜び」を担当された渡辺教授がしばらくアメリカで勉強するとのことで、受講生が集まり送別会を開催したのだ。海外旅行中の受講生をのぞいて全員が参加した。

 送別会の冒頭、渡辺教授から受講生に一つの詩が配布される。「これから最終講義をはじめます。この詩は誰が書いたものかについて意見を述べてください」

 授業は前期に終わっている。卒業式も終わったばかり。それでも教授は授業をやるというのだ。もちろんこれしきのことで受講生は驚いたりしない。教授のしごきに耐え忍び、乗り越えてきた面々なのである。すぐさま送別会モードから授業モードに頭を切り替え意見を述べる。「中国の人の作品じゃないでしょうか」などなど意見が出される。教授からは「中国の人と判断した根拠は何ですか?」との質問が飛んでくる。

 さらに教授からの質問「この詩にある夫婦の関係をどう思うか?」それぞれがこの詩の夫婦関係を自分の経験に照らして意見を述べる。ここでも「根拠は?」と質問が飛ぶ。最後に教授からこの詩の作者、受講生が提示しなかったこの詩の新鮮な解釈の解説があった。教授は詩の解釈について一つの正解を話することは一度もしなかった。「こういう解釈もある」というだけである。ひとつの詩の解釈の多様な切り口を示すことで「詩を解くのではなく、味わうこと」をわれわれに教えているのだ。

 一時間で授業が終わり最後は受講生が今後の抱負について語る時間になる。ある女性の受講生は「私は落ちこぼれで授業についていくのが精一杯、先生の言うことも半分も理解できなかったと思う、でも、だからこそもう一年専攻科で勉強してみようと思います。今度はもっと授業に真剣に取り組みたい」前期の授業で難解な詩を割り振られ、徹夜してもその詩を理解できず「先生、どうして私のときだけ難しい詩を出したんですか?」とわんわん泣き出した伝説の女性である。

 この事件のあと予習に多くの時間をかけるようになったのは私だけではないと思う。専攻科進学のための面接試験の直前、この女性から相談されたことがある。「面接試験の合否の基準てどんなこと?教えてください」私答えて曰く「女性の場合はバストのサイズだな。これが小さいひとはまず落とされる。」「えー私70もないよ。しょうがないアンパン二つ買ってつけていかなきゃ」セクハラまがいの発言を悠々と切り返す。渡辺クラスの受講生は一年で大きくたくましく成長しているのだ。

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ムハマド・ユヌスさんの講演

 銀行とは「晴れた日に傘を貸し、雨の日に取り上げる」. ところである。本当に必要なときには銀行をあてにするなという意味であろう。「銀行は貧乏な時は見向きもしないが金持ちになると貸付係が飛んでくる」という言葉もある。

 既存の銀行の慣行を打ち破って「担保不要」「面倒な書類審査なし」で貧しいひとたちに貸し付ける銀行を創り、今や借り手800万人のグラミン銀行を率いるムハマド・ユヌスさん。2006年ノーベル平和賞を受賞、立教大学名誉博士の称号を持つ。

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 ユヌスさんの講演会が3/17目白椿山荘で開催された。主催は「中小企業家同友会」全国40000名の中小企業経営者が参加する経営者のための学校である。20年ほど前からこの勉強会に参加している。

 冒頭の開会宣言に続いて挨拶されたのは立教セカンドステージ大学の笠原教授である。講演の通訳はナシル・ジョマダル教授。セカンドステージ大学で「アジアの貧困とNGO」の講義をされている。昨年受講した。エネルギッシュな講義スタイルの教授である。ジョマダル教授はユヌスさんと同じバングラデシュの人でユヌスさんと親交がある。NHKの外国人弁論大会で準優勝した日本語の達人でもあり、大変贅沢な通訳といえる。通訳だけでなく後半は司会進行役も担当された。

ユヌスさんは身振り、手振りを交え、貧しい人たちを助けたいというグラミン銀行をはじめたときの動機を情熱をこめて語り、聴衆を魅了した。

3/16立教大学で「グラミン・クリエイティブラボ」の調印式が行われた。「グラミン・クリエイティブラボ」は、社会的企業として国際的に高い評価を受けているグラミン銀行のノウハウをベースに、国際産学協同によるソーシャルビジネスの新らしいビジネスモデルを構築するための組織である。この実験室から日本でもユヌスさんの哲学を実践する企業家が多数誕生することを期待したい。

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次世代へ引き継ぐマニュアル

 「自分のからだと言葉をとりもどす」前期の授業、鈴木理江子先生のクラスの食事会が昨日池袋西口のイタリアンレストランで開催された。前期で授業が終わってからもマニュアルづくりのために活動を続けたクラスである。私はイラスト係を拝命した。

 夏休みに先生が合宿中の八王子のセミナーハウスに押し掛けたり、後期もラウンジで打ち合わせを重ねてマニュアルは完成した。

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Image_2  マニュアルづくりの難しさは2つある。ひとつはいくつのポーズにするか?授業で学んだポーズをすべてマニュアルにしようとすれば、内容は膨大にものになる。どこであきらめるかが問題になる。結果としては準備体操を含めて8つのポーズに決定した。

 もう一つはひとつひとつのポーズをどこまで細かく解説すべきなのか?こまかく丁寧に書き込めば親切ではあるが 読みにくくなる。かといってあまり簡単すぎれば分かりにくくなる。これは作成担当グループのなかでも意見が分かれた。マニュアルづくりはここで暗礁に乗り上げた。

リーダーの増田さんの次の一言が決め手になって前進することができた。

「このクラスで完全なマニュアルを仕上げなくても良いのではないか。我々がたたき台のマニュアルを作る。立教セカンドステージ大学の二期生、三期生がそれを改良していく。もっと気楽に考えたらどうか」

この一言で作業は急ピッチで進むことになった。我々は完成したマニュアルを秘かに「たたき台マニュアル」と名づけている。二期生の皆さんのチャレンジを期待したい。

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セカンドステージの仲間たち

 昨日は3/23 立教セカンドステージ大学修了パーティの打ち合わせ、千石ゼミの自主授業、成績発表などがあって大学にでかけた。成績発表では数名の方が専攻科に進めなかったようだ。チョットさびしい。自主ゼミが終了して中華風居酒屋に入るとすでにセカンドステージの仲間たちが宴会開催中だった。総勢40名ぐらいだろうか?教授も一名参加している。春休みにもかかわらず飲み会の出席率だけは高いのがセカンドステージ大学の特徴のようだ。

 この大学には授業のあるときだけ長野県から大学に来る人。子供たちを北海道に於いて東京で一人住まいしながら大学にかようお母さん。群馬県から通っているので授業料よりも交通費のほうが高いと打ち明けてくれた人たちがいる。この人たちの向学心の強さに脱帽!!

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リアクションペーパー

 毎回の授業内に「リアクションペーパー」と呼ぶ授業に対する意見・感想・質問等を書く用紙が配布され,その授業時間内に 回収する.出欠の確認の意味もある。「地球環境の変遷と未来」佐々木研一教授の授業、教授は化学のスペシャリストなので化学式を連発する講義があった。こちらは文系出身さっぱり中身が理解できない。ホトホト困り果ててリアクションペーパーに「今日の授業はよく分かりませんでした」と書いたら翌週教授から「どうもすみませんでした」と返事があった。

「授業中に居眠りしているから理解できないのだ。教授のせいにするのは良くない」と仲間がいう。そう言われても昔から理解できないことに出会うと眠くなるのだからしかたがない。

 佐々木教授は受講生のリアクションペーパーすべてにコメントをつけて返す。教授の「リアクションペーパー」に対する「RE・リアクションペーパー」は毎回A4サイズで4ページにびっしりと書かれ全員に配布される。各人の質問、先生のコメントこれを読むだけで授業を受けている気分になる。教授はこのコメントの作成にどれだけの時間をかけているのか?一人もおちこぼれを出さないという教授の意気込みが伝わってくる「RE・リアクションペーパー」だ。

 昨日は「歴史と文化の探究」松平定知教授の打上げパーテイがあった。松平教授は受講生のリアクションペーパーに対し徹底的に調査して翌週授業の冒頭で回答する。受講生の思いつきとも見える質問に対しても詳細に文献を調査した上で答えるのが松平教授流のようだ。報道人としての基本的作法なのかもしれないがそれだけではあるまい。松平教授の修了レポートは1/16日が締め切りだった。教授は1/23のパーテイに受講生全員のレポートを読みこんだ上で出席されている。授業に対する教授の真剣なスタンスが感じられた。

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千石ゼミの変化

 修了レポートの途中経過を千石教授に提出すると赤がビッシリ入ってもどってくる。「ここの部分の根拠は?」「この文献を読んでみたらどうか」千石教授博覧強記の人である。当初の作業の二倍が必要になる。有難迷惑?。

再度修正した内容をゼミで検討する。後期の前半は各人のレポートにコメントするのはほとんど教授だけだった。その作品のつくられた時代の背景、今日的評価などなどがコメントされ受講生は教授の知識の深さに感動していた。

後期も後半になって受講生に変化が見えだした、小島信夫の「うるわしい日々」病院の描写はものすごくリアリィティがあると思う。看護師経験ありのWさんのコメント。「そう考えると」あるところは根拠が説明されていない。キチンと根拠を入れたらどうか? いつも教授から指摘されているので皆根拠にはうるさくなってくる。その意見に私は反対何故ならば・・・各メンバーが積極的に発言するようになってきた。

前半は教授に対して、受講生仲間にやや遠慮がちだったメンバーも気心がしれたのか?コツがわかってきたのか自由にコメントすることが多くなった。ゼミ終了後近藤ゼミ長が「ゼミらしくなってきたね」と話しかけてくる。「面白くなってきましたね」と応える。千石ゼミは変化している。それは受講生それぞれの進化の証でもあるようだ。

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藤沢周平を聴く、伝説の「松平語り」

 藤沢周平の「橋物語」をNHKの松平定知さんが朗読する。練達のストーリーテーラーの小説を伝説となるであろう「語りの名人」が読む。立教セカンドステージ大学の多数の生徒の要望に応えて実現した講義である。朗読が終わる。一瞬の空白、そして拍手がなりやまない。完璧ともいえる藤沢ワールドの再現。「人間ていいなあ」とみんなが思ったにちがいない。名人と同時代に生きる。ライブで語りを聴くことでその喜びを実感する。

 聴きながら思いだしたことがある。会社づとめのころ初対面の人に「あなたはテレビを電気を消して見たことがありますか?」という質問をした。テレビが家庭に入り始めたころ部屋を暗くして見た家が多かった。テレビを映画に見立てて劇場で観るように電気を消したのだ。しばらくして部屋を明るくしてテレビを見るのが当たり前になった。テレビを電気を消してみた人、見なかった人それを聞くだけでその人の年代がわかったからだ。

「小説を読む」 まず文字を読むことから始まった。次にラジオで聞いた。そして映画。次がテレビ。そのすべての進化のプロセスを体験したのが我々の世代だ。文字を読むことで情景を想い浮かべる。ラジオで流れる主人公の声からその容姿を想像する。白黒のテレビに映る景色を観てその青空の色、山々の緑の色合いの深さを考える楽しさ。すべてが「想像する力」の訓練だった。

朝から部下を叱りまくる上司をみてこの人は家でどんなつらい目にあったのかを想像することがあった。アナログ世代 9時45分を10時15分前とも表現する。物事を表と裏から瞬時に判断できた。デジタルの時代9時45分としか時計は表示しない。相手が怒れば怒った表情しか見えない。その裏側の悲しみを想像することはない。インターネットの出現、世の中はますますデジタル化していく。ものごとの表面だけしか見ないイマジネーション不在の時代をやや不安に思う。

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遠足その2

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2日の夜 ライブコンサート ボーカル 竹田のぶあき スティールギター 浅尾俊明ピアノ竹田裕美子 知っている人は知っているメンバーである。ユーアーマイサンシャイン、想いでの渚 のメロディーがあっというまに 昭和40年代にひきもどす。たのしい時間だ。

終了後 喫煙3人組の会話。「初任給が12000円でね。給料日になると2000円のレコードと弟と妹にショートケーキを買ったんだ。喜ぶと思って。中学生のころ近所のおばさんが銀座三越の隣のケーキ屋さんにつれていってくれて 生まれて初めてショートケーキを食べた。うまかったね。こんなおいしいものがあるのかと思った。」山中さんの初めてたべたおいしいもの談義。わたしの方は マクドナルドのフィレオフィッシュバーガーだ。初めて食べたときは驚きの味だった。ハンバーグもフィレオフィッシュバーガーも今食べると味が全然ちがう。断然今のほうがまずい。そう感じるのは私だけなのだろうか?

本間さんの初任給は18500円、給料の大半はキャバレーにつぎ込んだらしい。給料日になると寿司を食べたり、すき焼きだったり ごちそうが並んだ。当時は給料日はハレの日であり普段食べられないものを食べるイベントの日であった。

今は給料日だから○○することがすくなくなった。月に一度くらいしかいけなかった鮨屋さんは回転寿司になっていつでもいける。すき焼きもごちそうの部類にはいらなくなった。ステーキもファミレスで気軽に食べられる。ハレの日の日常化現象といえる。 なんでも苦労しないで手に入る。それが豊かになったしるしなのかもしれない。 それでもたまにしかたべられなかったあの時の感動を失ったことはなんとなくさびしい気分である。

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セカンドステージ大学の遠足

9月14日~9月16日 セカンドステージ大学の遠足?合宿に参加。場所は清里。第2班として28名移動手段は バスになった。大学に集合途中 談合坂エリアで休憩。久し振りに立ち寄ったらビール、ウィスキーなどの酒類はすべて販売禁止になっていた。日本は悪い方向に進んでいる。そのうちアメリカの禁酒法のような時代になるかも知れない。

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二日目の午後サントリーの白州蒸留所を見学する。前半は見学、後半はウィスキーの試飲。

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Photo D4ca3m3yg2capg8t38cacnbwtacadi60yzc 白洲と山崎を飲む。白洲はすっきりとした味わい。

日本酒で言うと越の寒梅にちかい。個人的には

山崎の芳醇な味が好みである。白洲を買って

帰り 夜 部屋で飲み会。5人ほどの宴会だったが

白洲がなくなったので だるまに切り替えたがだれひとりそのことに気がつかない。酒は酒と

いうことか。以後このメンバーにウィスキーの銘柄の微妙な味の違いをわかってもらうことを

期待しないことにしよう。

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自分のからだと言葉をとりもどす 2

 20数年前、5mほど体を飛ばされたことがある。酒酔い運転の車にぶつけられ、4か月入院した。それ以来、自分のからだに湿度計が装備された。夏、湿度が高くなると関節がギシギシ痛む。冬、空気が乾燥すると両肩が痛い。体の痛みで湿度がわかるようになった。

 大学で体育の授業を受ける。15人の受講生の中で一番体が硬いのが私だ。

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しかし良いこともあるのだ。クラスの仲間、野原さんは自分の体が硬いと思っていたが、私をみて更に下があることに気づき、大いに自信を持ち授業を続けることができたと言っ

                                                                        

   

        ていた。人は誰でも自分より上のものにチャレンジするとは限らない。自分より下にいるものを見て勇気づけられることの方が多いのだ。Image_2

そうであるなら、クラスの仲間全員を勇気づけたのは

私である。この授業に立派に貢献していることになる。

この授業で呼吸に3段階あることを知った。

1段階は 通常我々が意識しないで息を吸ったり

吐いたりしている。

第2段階は 大きく息を吸って、大きく息を吐く。意識して息を吐く行為。

第3段階は、自分で息を吐ききったと思う段階から、さらにもう1段階息を出しきってみる。こうすると頭や手から力が抜けて、からだ全体が弛緩するのだ。

61年で初めて出会った呼吸法だ。それがどうしたと言われても、自分のからだのメカニズムを新発見するのはなかなかいいものだとしか言い様がないのだが。

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早朝の公園でこの呼吸法を練習するのが日課になった。ある日91才になった母を朝の散歩に連れ出した。母はからだは至って健康だが、さすがに記憶は薄れがちで、足腰が弱って外出時は車椅子を利用している。公園で呼吸法を始めると、母は自分にも教えろと言いだした。「いまさらやっても遅いんじゃないの」と憎まれ口を言いながら教えると熱心にやっている。

数週間後、母が風邪を引き大事をとって入院させる。病院に見舞いに行くと

結構元気な感じである。ここで体操をやろうと言い出す。こんなところでは

ダメだといっても聞こうとしない。しかたなく呼吸法を二人でやっていると

看護婦さんが何事かと病室をのぞきこんでいる。

事情を説明すると「良いことですねー」と笑いながら行ってしまった。

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 家に帰って「お袋もわがままで困るよ。病室で体操をしたがるなんて、おかげでこっちが看護婦さんに笑われたよ」と愚痴をこぼす。妻は「お義母さんは

自分がやりたい訳じゃないのよ、貴方に体操を続けて欲しくてそう言っているのよ」と言われた。

父は私が3才の時に結核で亡くなった。それ以来、母は子供たち3人の病気を異常なまでに警戒するようになった。少しでも咳をしようものなら大騒ぎである。会社に入って、働き中毒のように仕事づけの息子をみて健康を気遣っていたのだろう。 体操を始めた私を挫折させまいと病室での体操になったようだ。 さて上期で体操の授業は終了する。私の体操は終了というわけにはいかないようだ。

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心に残る授業とはどんなものだったのか

 7/18「英語で味わう生きる喜び」渡辺信二教授の終了記念懇親会があった。その時の召集通知の文がこれだ。Photo書き手は 菊地さん 我がグループ3のリーダー的存在で英文の資料検索ではナンバーワンの人なのだ。

 「図書館にこもり、書店で立ち読みし、インターネットで調べ、睡魔と闘いながら、何故この授業を選択したのかと自分の思慮のなさを呪い、渡辺教授の温厚そうな顔の裏に潜む したり顔を想像しては負けてなるものかと老骨に鞭打ち、時には冷や汗をたらし、時には涙し、されど担当が終わったときには安堵のため息ととともに、いやしくも大学という名前に相応しい授業はこのアメリカ詩だけだと啖呵を切った13回の授業も、いよいよ来週の金曜日をもって終わろうとしています。

これを機に、万感の思いを込めて打ち上げの会を開催したく、ご都合のつく方はご出席ください。もちろん渡辺教授もご出席されます。ご参加される方は、下の表にご記名ください。

 17名の受講生を3つのグループに分け、毎週ひとつのグループが進行を担当する。Image 「詩の朗読」「詩に対する九つの質問」「作者の時代背景」「作品論」など、担当になったグループは70分間を自主的に運営をまかされる。教授は最後の20分間で講評する形式だ。懇親会では一人一人が授業を終えてのコメントが発表された。

 「難しい詩を担当した時は徹夜してもその詩がわからなくてどうしようと思いました。でもグループの人から<努力してわからなければそれでいい>と励まされたことで続けることができました」とヒロ子さん。

 「一人も脱落者を出すわけにはいかない。そういう思いで毎週文献を調べ、メンバーに配布して、これさえ読めば大丈夫と言い続けたんじゃ」Photo_2 グループ1のリーダー、永遠の文学青年、キムジイのコメント。そういえぱこのチームは毎週毎週授業が始まる一時間前に全員が集合して事前ミーティングを繰り返した。このグループ1の姿勢は他のグループに大きな刺激を与えた。

「私たちのグループはひとり人数がすくないので、担当するボリュームが多く大変でした。Photo_3苦しかったけれど楽しい授業でした」図書館をのぞくと必ずたくさんの文献を机に山積みして、資料をまとめる彼女をみかけたものだ。資料の検索とまとめでは抜群の腕前を発揮してくれた 初枝さんのコメント

 「私は詩を読んでも そのまま素直に読むので 九つの質問がなかなか湧いてこないので苦労しました。グループの仲間に助けられました。ひとつひとつの言葉を深く考えることの大切さを教えていただきました。この授業が終わってもアメリカの詩は読んでいこうPhoto_4 と思っています」と言ったのはその英詩の朗読の見事さを毎回教授に絶賛された静子さんだ。

「一番苦労した授業だった。一番楽しい授業でもあった。この授業が終わってもこのクラスで知り合った仲間との付き合いは続いていくと思う 」とコメントしたのは ヒロ子さんがPhoto_5悩んだとき「わからなくてもいいんだ」と即座にサポートした池田さん。

全員がこの授業を体験するなかで、受け身ではない自ら課題にチャレンジする自分を再発見したのではないだろうか?

この懇親会の時、13回の授業のなかで発表した各受講生の「作品論」にたいして教授が添削した提出文が17名全員に返された。この添削には大変な時間がかかったと思う。

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この添削文に添えられた 教授から受講生へのメッセージの一部を紹介しよう。

 「正直言って、最初はちょっと心配でした。詩に関する質問から始めたと思いますか゛、今から思えば、きちんと文章語になっていない質問もあって、大丈夫かなあと思ったりもしました。でも、教員からのコメントや注意をクラス全体が受け止めてくれて、すぐにスムーズなクラス運営になっていきました。いえ、むしろ、じぶんたちで「クラスを作って行く」前向きな姿勢であったといった方が正しいでしょう。これが可能だったのは、全ての受講生に、知の飢えを満たそうとする確固たる意思が通低していたからです。

 学びの内実については、詩について、アメリカについて、そして何よりも、自分自身について、何らかの発見がひとりひとりにあったと確信しています。また、グループやクラスとして、お互いに親しむことができたのではないでしょうか。これからの長い友だち付き合いも生まれているような雰囲気を感じます。

 セカンドステージ大学の強みは、なんといっても、それぞれの受講生のこれまでの人生経験です。それがしかも、経歴として出るのではなくて経験として出るところに、文学のクラスの良さがあります。実際、クラスで発表される作品論や説明に、読みの深さ、鋭さ、独自性を感じることがしばしばありましたが、それは、それぞれの人生経験が反映されているからだと思います。

 最後の授業でも言いましたが、我々が読んだ詩の中にある言葉、ある場面、ある箇所が刺激になって、ご自分の人生のなかの重要な何かを蘇らせたり、あるいは、その何かが琴線に触れてくるような読解をされてきたのではないでしょうか?それを、発表の文章や意見交換のなかに強く感じます。」

まだまだメッセージは続くのであるが一部のみの紹介にしておきたい。

 「英語で味わう生きる喜び」の授業は、実は「英語で味わう死ぬほどの苦しみ」で始まった。懇親会の席でどなたかが「グループでやったから続けられた、ひとりだったらあきらめていたかも知れない」と言っていた。

 「はじめはチームのみんなに迷惑をかけたくない」とがんばった。「後半は他のチームに負けない作品論を発表したい」と努力した。団塊の世代にとって組織=仲間はなによりも大切だ。その意識がこのグループ形式の講義にピタリとフィットしたのではないだろうか?ひとりひとりの悪戦苦闘、作品論が完成したときのよろこび、仲間たちの助け合いを通じて、クラス全員にとって「心に残る授業」になった。渡辺教授、クラスの仲間全員に感謝してこの項を終わりたい。

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生涯現役という生き方

Image  「生涯現役という生き方」-文学とアートに見る- 千石英世教授「後期も継続して講義を受けたい」という要望が最も多い授業がこれである。不思議なことだと思う。

 小説は小島信夫「うるわしき日々」、詩は「西脇順三郎詩集」Photo 現代アートの斉藤義重がテーマになる。どれも難解、小島信夫の小説はスラスラと読めるような類いの小説ではない。

 しかも宿題も多い、「次回までにこの小説を読んでくること。」または本日の配布資料を読んでおくこと。その量がハンパな量ではない。「なぜこの講義をとってしまったのか?」後悔した人も多かった。

Photo_2 また期中のレポート提出もある。これだけやれば十分とおもっていると上期修了レポートも提出しろという。

そんな大変な思いをした授業なのに「後期も継続して受けたい」という人が大半である。何故なのか?

 それぞれの作品を語る時の千石教授の姿勢にあるのかも知れない。ホントに楽しそうなのだ。こんなに楽しそうに芸術を語る人を始めて見た気がする。これほどおもしろそうにされるとルネ・ジラールの「欲望の三角形、人は他者の欲望を欲望する」じゃないけれど「もしかすると本当は面白いのかも?」という気になってくるから不思議である。実際この夏休みにクラスメイトと現代アート展を見に行く約束をした

 セカンドステージ大学でこの講義を受けなければ、二人とも生涯現代アート展とは無縁だったと思う。この授業にで出会ったことで 少なくとも2名の人間がこれからの自分の時間の過ごし方に新しいカテゴリーを加えることができた。難しかったが大変愉快で有意義な授業だった。授業継続を望む受講生が多いのは、私たち二人のような思いの人たちが他にもいるということではないだろうか?

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現代世界論

 「現代世界論」 北山晴一教授 必修科目である。セカンドステージ受講生全員がそろって講義を受ける。毎回取り上げる題材は食文化論、不倫、ヘーゲルの精神現象学まで幅広い。題材は変わっても基本テーマは毎回共通である。現代世界が海図のない航海であるように 「簡単に答えが見つからないテーマ」がそれだ。

Image 100名近い受講生とやりとりしながら、授業が進んでいく。受講生の質問、疑問に対する北山教授の回答は名人芸の域にある。小泉元首相が短いフレーズですばり受け答えするがあれに似ている。そう言えば髪型もどこか似ている

ある日の講義でルネ・ジラールの「欲望の三角形」が取り上げられる。簡単に言えば、「人は他者の欲望を欲望すると」いうことである。人が何かを欲望するのは、他人がそれを欲望しているとその人が思ったからだというのである。

講義終了後、居酒屋ミーティング。「よくわからないなあ」とわが学友。女性のクラスメイトの解説がはじまる。「簡単よ、たとえば私はブランドものが大嫌い。だけど娘がグッチのバッグを持っているのをみるとカッとなって、もっと高いグッチのバッグを買っちゃうの。そういうこといってるんじゃない」

1947年生まれのフランスの社会学者であるジラールも 遠く日本の居酒屋で「欲望の三角形」が酒の肴になっているとは夢にも思うまい。

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自分のからだと言葉をとりもどす

担当は鈴木里江子先生。Dscf0077 このクラスは異常なほど熱心な生徒が多い。

 普通休講とわかると生徒はさっさと遊びにでかけるものだ。私など休講と知って真っ先に銭湯へでかけた。しかし、このクラスでは大半の受講生は教室に残って先週ならったところを繰り返し練習する。しかも90分間すべてを使って。

 さて教えかた。正座して前にからだをのばす動作をしていた時、私をDscf0070_2 見て「足の調子が悪い人は正座しなくてもかまいません。胡坐でも足を投げ出してもいいです。これは腰を伸ばすのがねらいです。それができれば自分にあった形でやってください」 と声をかける。他の場面でもこのやりかたで指導されることが多い。ひとつひとつの動作に狙いや意味がある。それが達成できるなら、かたちにこだわらず、各人の状況にあった姿勢でやればいい。画一的なかたちにはめ込むやりかたはとらないのが特徴なのである。

ひとことで言えば「自在」、ということになるのだろうか?自分のビジネス生活のなかで 後輩たちにこういう教え方をしてきたのかと考えると 冷汗がでてくる思いである。受講生の熱心さは この教え方も関連しているように思う。

 誤解のないように一言付け加えれば、写真の授業風景には男しか写していない。なので女性はいないのかと思う人もいるかも知れない。受講生の2/3は女性である。美人揃いである。そのためひとりでも女性をだすとこのブログにアクセスが集中する恐れがあるため男性の写真を使用した。念のため。

 なお 私のいう美人の基準であるが タレントでいえば 「蒼井優クラスから樹木 希林(きき きりん)まで」がその範囲内である。ちなみに「受講生はどちらのタイプが多いのか?」などの問い合わせには、私自身の安全を確保する理由から一切お答えできません。

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上期修了レポート

上期の授業もあと一週間になってレポート作成に追われている。クラスメイトは提出レポートの多さを家で嘆いたところ、娘さんから「大学に入ればレポート提出は当たり前、そんな覚悟なしに大学にはいったお父さんが甘い」と叱られたそうだ。そういいながら結構楽しそうに資料収集している。思い当たることがある。

ビジネスレポートと大学のレポートの違いである。ビジネスレポートはプロジェクト進捗レポート、現地レポート、技術レポート等々、ビジネスマンなら一度は書いた経験のある人は多い。ビジネスレポートは事実に基づく報告が基本である。しかし書いてはいけない事実もある。

「このプロジェクトがうまくいかないのはベンチがアホということに原因がある」といったたぐいの仲間うちの批判は、それが事実であっても書いてはいけない。勝海舟は咸臨丸に乗ってアメリカにわたり、帰国した際、幕府の高官から「アメリカと日本の違いは何か」と聞かれて「アメリカでは身分に関係なく能力のあるものが政府の要職についている。日本では馬鹿でも家柄よければ政府の要職に就く、それが一番の違い」といったとか。

現実のビジネスの世界で海舟のような発言をすれば、即、解雇もしくは遠方島流しになる。ビジネスレポートには総予算の枠内での遂行など、制約もある。大学のレポートにはそういう類いの制約は見当たらない。その自由度が魅力である。制約条件なしにのびのびと課題に取り組む、大変いい気分である。

もちろん 自由度があるからといって そのレポートの出来がよくなるかというと そうはならないというのも現実ではあるのだが。

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アジアの貧困とNGO

タイトルはナシル・ジョマダル教授の授業名。バングラディシュの人。語学の天才でないか。ベンガル語、アラビア語、英語、フランス語、日本語に通じている。日本語は25才の時にNHKの「外国人弁論大会」第2位の実力の持ち主だ。ビデオ、パワーポイントを駆使したビジュアルな授業展開は非常にわかり易い。

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介護を勉強するために日本に留学、名古屋の介護施設で働いた経験もある。日本政府のODA視察委員として海外に派遣された経歴の持ち主、現在も母国の貧しい女性のために援助の手を差し伸べている。この人の授業の特色はわかりやすさに加えて、その豊富な体験に裏打ちされた臨場感あふれる現地レポートにある。

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アメリカの詩を読む

渡辺信二教授の「英語で味わう生きる喜び」を受講している。Image_2 

一回の講義ごとに一つの詩について「作者の経歴」「作品の

時代背景」「作品の評価」をディスカッションする。詩については

全くわからない。アメリカの詩どころか日本の詩にも関心が

なかった。何回か授業が進むうちに 一行ごとの意味の確認、ひとつの言葉にある背景とは何かの議論か゜深まっていった。受講生の事前の調査もしっかりしたものになったこともあるのだろうか。

小説は翻訳もののミステリーが好きでよく読む方である。しかしストーリーの筋を追う、プロットの面白さに感心するという読み方が自分流だ。

これほど深く多面的に一行の文、ひとつの言葉を考えることはなかった。しかも最後はスペシャリストの解説が入る。

先日この話を 知人にしたら 「大学にいってずいぶん得をしたんじゃない」とうらやましがられた。

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体育の後は銭湯へ

6/18 体育の授業pm2:40に終了。次の講義まで2時間弱の空き時間がある。クラス仲間に教えてもらった銭湯にいってみた。001

大学の裏手 6.7分だろうか。昔ながらの銭湯があった。入湯料450円也。営業時間はpm2:15~.体操のあとの入浴、極楽気分である。銭湯に来たのは何十年ぶりだろうか。くせになりそうなゆったり気分である。

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今日の授業は森美術館で

6/12 六本木森美術館 イギリスで最も権威のある現代美術の賞 「ターナー賞」の展示会。文芸の千石教授の授業。この展示会を見てレポート提出。

Dscf0022 現代アートについては全くの門外漢である。

2001年受賞者のマーテン・クリードの作品。、「Work #227: The Lights going on and off」

表題のとおり なんの変哲もない部屋で5秒間隔でライトがついたり、消えたりしている。ただそれだけの内容である。

パネルによれば 従来の美術館の慣行やしきたりを見直すよう提案しているのだという。

2005年受賞者のサイモン・スターリングの作品。表題は「1トンII」5枚の採掘場の写真が並んでいるだけ。解説によれば、タイトルは「この作品を制作するのに必要だった鉱石の重量」の意味のようだ。

1998年受賞者 クロス・オフィりの作品「ノーマン・ノークライ」

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93年ロンドン南部、人種差別を要因とする襲撃事件で殺された少年をテーマにした作品。黒人女性の涙の中に少年の顔がコラージュされている。

この黒人女性は泣いているが、泣きたいのはこっちである。これでレポートを書けなんて無理難題というものだ。

千石ゼミ食事会

その日の夜は千石ゼミの初めての食事会が池袋で開かれた。当然話題は「ターナー賞展」に集中する。受講生からは「わからない」「難解だ」の声。千石教授からは「作品の解説」「現代アートを読み解くための参考文献の紹介」があった。教授の説明を聞いた後も 納得というわけにはいかなかった。

当然であろうか.そう簡単にわかっては授業の意味がなくなる。もともと全くの素人が学んでいる。時間がかかるのは当たり前だ。美術展を見た後で練達のナビゲーターから解説を受ける。これもセカンドステージ大学の特色のひとつだろう。何年かたったら、後輩に「現代アートというのはね」ウンチクを語れるようでありたい。

そこで お願い {教授 レポートなしというわけにはいかないもんでしょうか?」

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「自分史」立花隆教授

 5/15 立花教授の「自分史」の講義も本日で5回目になった。受講生の原稿を事例にしながら 年表のつくりかた、人脈ネットワーク図の展開方法、記憶を呼び起こすための方法論等々立花流ノウハウが大公開される。

 受講生の方からも 大河ドラマのような長編、短編小説のようなあざやかな切り口の原稿が寄せられている。

 講義が終わっていつも席が隣り合わせになる受講生仲間と喫茶店へ。そのひとがポツンと一言。「事例発表されているような すごい人生じゃないけれど 自分なりのものを書いてみようと思っている。娘二人のために書こうと思って。仕事をしている時は忙しくてロクにかまってやれなくてネ。」

おおぜいの人に見てもらいたいという「自分史」があるかもしれない。しかし

     「二人だけの読者に向けて書かれる自分史」

もある。どちらかというとこっちの方が好きだなあと思う。そして立教セカンドステージ大学でこういう人に出会ったことでチョット得した気分になっている。

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なぜアーティストを目指したか?

4/8千石教授「生涯現役という生き方」第三回

本日はニューヨーク滞在が長かった現役のアーティストの中里 斉(ひとし)さんの特別講義

その中のエピソードをひとつ 「私はなぜアーティストを目指したのか?」

「小学校、中学校、高校と描いた絵はほとんど貼り出されたり、先生にほめられていました。悪い点数をとった絵は一枚だけだったと思います。それが私が美術の学校へいこうと思ったきっかけです。」

「アーテイストはいつも自分に才能があるのか?自分自身に常に問いかけています。自分が自信を失いかけた時、小学校、中学校時代に描いた絵を取り出して見てみたのです。みんな下手くそなつまらない絵ばかりでした。なぜこんな絵を先生をほめてくれたのか?ふと気がついたのは私は先生にほめられようと絵を描いていたのだということです。

わたしは絵がうまかったのではなく、媚びるのがうまかっただけなのです

悪い点数をとった、先生から全く評価されなかった一枚の絵をあらためてとりだして見てみました。その一枚は私が衝動的に自分の描きたいものを描いた絵でした。自分には衝動的に描くということができた時期があった。

   私が本気で、再度絵に取り組んでみようと思った一枚の絵でした。

みなさんの中には、小学校、中学校と自分の絵を評価されなかった人がいるかもしれません。そのことは逆に皆さんが偉大なアーティストになれるかもしれないという証(あかし)であるかもしれません。(このコメントは中里さんの生徒へのリップサービス)

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