その6 ① 「スーパーのチラシはどうつくられるのか」
昭和五六年の夏である。我々は十一月のチラシを検討するために本社会議室にいた。スーパーにとってチラシは最大の広告手段である。B4サイズで130から140の商品がチラシに掲載される。店には十万以上の商品がある中で、140程の広告商品で約20%の売り上げが確保される。何をチラシに乗せるのかは営業上の重要な課題となる。会議の準備資料は「昨年の同じ時期にどんな商品がチラシに乗ったのか?」「その時の値段は?いくつ売れたのか?」などが単品別に集計分析されている。自社のチラシだけでなく、競争相手のスーパーのチラシも分析されている。
各社のチラシを見ているとそれぞれの会社の特徴が見えてくる。例えばスーパー各社の中で売上高2位にランクされるI社の場合、輸入もののマグロやエビ、サケがチラシに乗ることが多く、逆に近海魚は少ない。八百屋からスーパ
ーに転じたM社は野菜に自信があるらしく頻繁に野菜を載せる。商社系列のS社は輸入フルーツに力をいれている。などの傾向が見えてくる。
② 実際のチラシ検討会議の進め方
会議室の壁面には昨年同月発行の自社チラシ、競争相手のチラシがギッシリと貼り出されている。 各担当者から自分がチラシに載せたい商品の説明が行われる。「この商品は通常販売される価格の三割引きで売ります。競争相手のD社が先々週チラシに載せた価格より3円安く販売することになります。売上高は単品で六百万円を見込んでいます。」以下同様の説明が続いていく。会議が半ばを過ぎるころ、発言があった。営業改革の助っ人として当社を指導していた城功先生の一言が始まる。やさしく何気ない、語りかけ。しかし出席者全員にイヤーナ予感が広がる。こういうときの城先生は会議進行者にとって大変危険な存在なのである。
「松原さん、あなたの商品 中華素材の重点販売と書いているけど。これなんのこと」「冷凍食品の肉まんとあんまんです」「ふーん、だったら肉まんと書きなさいよ。たかが肉まんを中華素材なんて難しく言い換えても商品の価値が上がるわけじゃないでしょ」「ハイ 訂正します」
「ところで、ここに重点販売と書いてあるね、いつもと違う売り方になるという意味だね、普段より大幅な値引きになっているということ?」
「いえ、通常価格の3割引きです」
「今まで その値段で売ったことはないの?」
「えー先々週も3割引きで販売しました。」
「 そうか、そうか、じゃあ売り方がいままでと違うんだね。例えば売り場に蒸し器を持ち込んでホカホカのあったかい肉まんをお客様に提供するとか」
「いえ、特にそういうことでなく、冷凍ケースのなかで いつもどおり販売する予定です」松原くんだんだん声がちいさくなってくる。
「そうか、松原さん あなた店の近くに親戚が多く住んでいるんでしょうね」
「えー私は四国松山の出身でして、東京にはほとんど親戚はすんでおりません。
でもそれがどうチラシの商品と関係するのでしょうか?」
「だって松原さん、こんなつまらない企画じゃぁあなたの親戚ぐらいしか買いに来ないでしょ」ここで城さんの顔つきが変わって
「重点販売という以上、お客さまがびっくりするような売り方だと思ったら
値段は先々週と全く同じ、売り方もいつもと同じ、親戚、知人にでも売るのかと思えばそうでもない。この売り方で赤の他人のお客さまが、命の次に大事なお金を払って買う理由が何処にあるのか?私にわかるように説明してもらいましょう」このときの会議参加メンバーの中で、語り継がれる「中華まんじゅう事件」の真相である。
もちろん、城先生は松原くんだけを責めているのではない。この事例をかりて当社のチラシの作り方の改革を提案しているのである。 わかっているのである。わかっちゃいるけどその物言いの救いのなさ。まさしく「情け無用の壊し屋ジョー」の本領発揮である。松原くんは息も絶え絶え、リングに寝そべったままの感じ。会議室はシーンとなったまま。誰一人発言しようとしない。司会進行役の私が「ええ この辺でコーヒータイムということで十五分ほど休憩にします。今の件は別途再検討ということで再開後は次のかた準備してください。」その場しのぎの官僚的発言でとりあえず切り抜ける。
③ 城先生の名講義
会議再開後は城先生から
「重点商品とは その月を代表する商品でなければならない」
「チラシは価格を伝えるだけのものであってはならない、その商品の持っている良さを伝えなければならない」
「その良さとはお客さまの健康にどう役立つのかがわかりやすく説明されているべきである」
等々チラシの作成をきっかけに当時としては あまり言われていなかった
「CS,顧客満足」にまで話は及んで行く。まさに名講義だった。
その日の夜、松原くんを誘って飲みに行く、松原君は私と同期入社で
営業改革プロジェクトのメンバーでもある。
「山本 俺はこのプロジェクト降りる。やってられねえーよ」
「いや 城さんはあんたをだしにして他の連中を教育しているんだから」
「いや そうだとしても 俺はもういやだ」
松原くんの気持ちは簡単に収まりそうもない。どうやら徹夜の説得になりそうである。
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